COLUMN COLUMNFUN THEATER THREE vol.41 ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り ジョナサン・ゴールドスタイン監督ジョン・フランシス・デイリー監督@T・ジョイ横浜 TRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を映画化した作品。吟遊詩人エドガンは組織ハーパーの一員として世のため人のため日々戦い続けていたが、悪敵に妻を殺され組織を抜け泥棒稼業に。死者を甦らせることのできる“よみがえりの石版”の存在を知り、奪取を計るも失敗し牢獄に。しかし、脱獄してかつての仲間たちと共に再び石版を巡る冒険に挑む。 監督のひとり、ジョン・フランシス・デイリーは1985年生まれ。TVドラマ『フリークス学園(原題Freaks and Geeks/1999〜2000年放映)』で本人と同じ14歳の主人公サムを演じていたことでその存在は知っていたけれど、トム・ホランド主演のMCU『スパイダーマン:ホームカミング』に脚本で参加していたことで、役者以外にも脚本や監督をしていることを初めて知ったのだった。役者以外にも、といっても『フリークス学園』の印象が個人的にめちゃくちゃ大きいだけで、現在に至るキャリアを見れば普通に立派な監督、脚本家である。最近だとDCの映画『ザ・フラッシュ』に脚本で参加している。 TRPGと聞いて、80年代以降のいわゆるナードというかオタク的な嗜好の持ち主が部屋に集まり嗜むテーブルゲーム、という映画やドラマ(『フリークス学園』でも登場する)で描かれてきたお決まりの姿以外は何も知らない筆者だが、映画は大変楽しめた。すっきりした脚本と見応え充分な映像、そして活き活きと動き回る役者たちによる素晴らしい冒険活劇だ。 主人公エドガンを演じるクリス・パインと、その仲間の戦士ホルガ役の『ワイルド・スピード』シリーズでお馴染みミシェル・ロドリゲスはとても好きな役者なので、ふたりを一緒に見れてとてもうれしい。とにかくかわいくてかっこいい。それだけでも満足なのに、敵役でヒュー・グラントが出ているのがまさにもうけもので、見た人なら誰もが思うであろうポール・キング監督『パディントン2』の時と同じく最高な役どころ。この人は卑劣な悪役を演じると、ダン・デュリエと雰囲気が似る気がする。エドガンの娘役クロエ・コールマンを見るのは気付けばこれで三作目で、『ガンパウダー・ミルクシェイク』『マリー・ミー』と続いて今回もやっぱり頼りになるというか、やたらしっかりしてる子どもというキャラクター。さすがに現代の大人のダメすぎぶりはどうなのか? と少し思った。 映画は丁寧な語りのテンションと自然に親近感の湧く距離感があって、監督ふたりの過去作品『お! バカんす家族』と『ゲーム・ナイト』でもこれは同じ。今回はTRPG原作のファンタジー企画ものと思いきや、やっぱりピーター・ボグダノヴィッチみたいなアメリカのコメディ映画ならではの気持ちの良さがある。話がすっと広がって、始めと終わりで縁がぴったり合うようきれいに折り畳まられる。テーブルに置かれたナプキンのような折り目正しい佇まい。 今作は過去二作で少し感じたジャド・アパトー的な世界観からはひとつ頭抜けたようなところがあって、思ったのは、エドガンとホルガが組むパーティーにはあとふたり、魔法使いのサイモンとティーフリングのドリックという仲間がいるのだが、この存在が大きい気がする。これまでとは違う若い世代のキャラクターが描かれていて、最近でいうと同じく魔法冒険譚のNetflixドラマ『プリンセス・マヤと3人の戦士たち』に出てくるキャラクターに通じるようなセンスがある。大変なことは色々あるけれど、異常な執着や安易なひらき直りには陥らない、温かでディープなフラット感覚がいい。 2 悪魔の往く町 エドマンド・グールディング監督@シネマヴェーラ渋谷 1946年発行のウィリアム・リンゼイ・グレシャム著『ナイトメア・アリー』を映画化した1947年公開作品。カーニバルで働く駆け出しマジシャンのスタン。同僚の占い師から知り得た読唇術と持ち前の才覚によって全てを手に入れようとするが……。 リメイクというのか、同じ原作小説を映画化したギレルモ・デル・トロ監督による『ナイトメア・アリー』が去年公開された。デル・トロ監督版はスタン以外の主要登場人物のキャラクターが原作より立体的に描かれていて、全体としてちょっと怖くて哀しいお伽話のような、いつものデル・トロ映画になっている。 で、こちらはというと、デル・トロ監督版と違ってキャラクターや各エピソードは割と原作をなぞった作り。ただ、最後の最後で話のオチがごく普通のラブロマンスに変えてあって、これではせっかくの素晴らしい役者や美術も結局なんだったんだ、というシラけた気持ちに多少なる。 というのも、この原作小説というのが、タイトルそのまま悪夢の小路でトリコ状態になってしまう色々と強烈な物語で、ある種の救いもまるでなく、しかし、それが面白いところでもある所謂濃い作品なものだから、小説と映画は別ものとはいえ、つい原作を基準に考えてしまう。 3 港々に女あり ハワード・ホークス監督@シネマヴェーラ渋谷 1928年公開作品。酒と喧嘩にめっぽう強い水夫のスパイクは大男。世界中どの港にも女がいる。と、そのはずがまるでふるわない。そんな時、クールな水夫のビルと出会う。初めこそいがみ合うふたりだったが、じき意気投合し兄弟の契りを交わすのであった。しかし、スパイクがゴディバという女と出会うことで……。 基本的に飲んで暴れて歌って絆を深める、ハワード・ホークス定番の男の子讃歌。定番といっても、この初期サイレント時代からその後40年近くも、型だけでなく質の高さも変わらないことに単純に驚いてしまう。 ただ、その男の子讃歌もさすがに素朴すぎて前半はやや退屈気味。しかし、中盤過ぎルイーズ・ブルックスの登場で一気に引き込まれた。ルー・リードとメタリカによるアルバム『ルル』の原作戯曲『パンドラの箱』の映画化で主人公ルルを演じたルイーズ・ブルックス。今作の評判がそのきっかけになったそうだが、今見ても先鋭的なまでのモダンな雰囲気に納得してしまう。 主人公のスパイクとビルも素晴らしい。スパイクを演じるヴィクター・マクラグレンのボートネックシャツでのスラリとした立ち姿のかっこいいこと。気は優しくて力持ち、強面だけど芯は温かい人物像。トッド・ブラウニング監督『三人(原題The Unholy Three)』でもヘラクレスという役でそんなキャラクターを演じている。この映画はラストがとてもいい。その相棒ビル役のロバート・アームストロングがまたかっこいい。撫で付けた前髪とニヒルな笑顔がなんとも魅力的だ。ジョセフ・ゴードン=レヴィットと少し似てると思った。... FUN THEATER THREE vol.31 バニシング・ポイント リチャード・C・サラフィアン監督@ストレンジャー 70年代アメリカ。名はコワルスキーという車の運び屋がデンバー〜サンフランシスコを15時間で、という賭けをして出発する。スピード違反で警察に追われ敷かれた包囲網が徐々に迫るも、止まらず爆走し続ける姿を描いた作品。劇中でコワルスキーが運転する車は、クエンティン・タランティーノ監督『デス・プルーフ』で登場するダッジ・チャレンジャー。 1971年公開作の4Kリマスター記念リバイバル上映ということで見てきた。映画を映画館で見るのと、DVDやVHSあるいはインターネット配信で見るのも楽しさは変わらない。映画を見るのはいつでもどこでも楽しい。ただ、当たり前だけれど映画館ならではの楽しみというのがやっぱりあって、『バニシング・ポイント』はまさにそれに当てはまる映画だと思う。上映時間90分くらいで、社会における個人のリアリティに触れるような寓意的な物語。イメージ、時間、音楽が多層に重なりつつ、全体像がコンパクトに感じるもの。要はアメリカン・ニューシネマだったりするわけだけれど、そうした幻惑的だったり詩的なふくらみのある映画を映画館で見るのは本当に楽しい。この感じは音楽をレコードで楽しむのと似てるとも思う。 映画と音楽でいえば、UKのプライマル・スクリームというバンドがこの映画『バニシング・ポイント』をそのままタイトルにしたアルバムを1997年に発表している。そのアルバムからの先行シングル『コワルスキー』では、実際にこの映画から台詞がサンプリングされている。映画からのサンプリングというアイデアは、バンドのヴォーカル担当ボビー・ギレスピーの自伝『Tenement Kid』によると、ビッグ・オーディオ・ダイナマイトからの影響によるものとのこと。そのビッグ・オーディオ・ダイナマイトはセルジオ・レオーネ監督作品からサンプリングをしていて、引用元に選んだ映画と彼等の距離感というか、UKの音楽好きがモチーフにしたものがどちらも架空のアメリカを幻視したような映画、というのが興味深い。 コワルスキーは黄色いショベルカーを並べたバリケードに追突して自死する。タイトルそのままに、そこであっさり映画は終わる。炎上した車から転がるタイヤのようなゆったりとしたエンディングは、演奏を終えたバンドがはけたステージみたいな雰囲気がある。今回とても印象に残ったのが、コワルスキーが最初から最後まで誰のことも自らは決して傷つけようとしない姿だ。傷つけようしないだけでなく、コワルスキーは道中で出会う人々と基本的に温かい交流を持つ。コワルスキーはみんなと同じように孤独だけれど、普通に人と話し、普通に人に親切なのだ。 2 WANDA / ワンダ バーバラ・ローデン監督@目黒シネマ 1970年公開のアメリカ映画。監督以外に脚本、主演もバーバラ・ローデンによるもの。日本劇場公開は初とのこと。 『WANDA』を見た後に『バニシング・ポイント』を振り返ってみると、『バニシング・ポイント』の放つロマンが良くも悪くもいっそう際立って感じる。同時代アメリカの放浪や車の運転といったロードムービーとして共通点はあれど、『WANDA』のそれはロマンとは全くの別ものに思える。覚めない白昼夢のようでいて、最初から最後まで醒めたまま現実でしかない。アニエス・ヴァルダ監督『冬の旅』同様にカレン・ダルトンを引き合いに出したくなる。 序盤で主人公ワンダが、路上の売店で買うソフトクリームがとっても美味しそうだった。この場面ではワンダがひとり取り残されてしまうのだが、ロングショットで映し出される眩しくて儚げな情景が素晴らしい。 3 エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス ダニエル・クワン監督ダニエル・シャイナート監督@T・ジョイ横浜 現代アメリカでコインランドリーを経営する中国移民である中年女性が、夫を通じて多元宇宙マルチバースの存在を知ることに。経営や娘との関係に問題を抱えつつ、混沌を極め崩壊が迫る宇宙にバランスをもたらす救世主として果たして彼女は目覚めることができるのか? という物語。第95回アカデミー賞で7部門を受賞した。 キー・ホイ・クァンが出演する映画が撮影されている……と知った時はとても驚いた。そしてそれ以来とても楽しみにしていた作品。というのは、S・スピルバーグ監督『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』でのキー・ホイ・クァンは自分にとって特別に印象的な存在だったから。自分と変わらない(ように見えた)人間が、当たり前のように西洋文化の大人達の中に混じっている姿がずっと自分の中に残っている。 今作でキー・ホイ・クァンはミシェル・ヨー演じる主人公エヴリンの夫であり、マルチバースをナビゲートする役どころ。影響元として連想してしまうウォシャウスキー姉妹監督『マトリックス』のモーフィアスのようであり、ナビ兼サポート役として考えてみると『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』の時と似た役どころでもある。そんな彼の劇中での台詞「Be kind!!」には、この世界においての断固たる決意表明としてグッとくるものがあった。 映画が怒涛のマルチバース展開を経て収束し、微笑んでしまうラストシーン後のエンドクレジットで、ルッソ兄弟のプロデューサーとしての参加を知った。そこで頭に浮かんだのが、ルッソ兄弟がMCU仕事以前に監督として参加していたTVドラマ『コミ・カレ‼︎(原題Community)/2009-2015』だ。というのも、『コミ・カレ‼︎』でもマルチバースを扱ったエピソードがあるのだ。そのエピソードはルッソ兄弟の監督によるものではないのだけど、そもそも『コミ・カレ‼︎』というドラマ自体が引用やパロディなどいわゆるネタ的な要素に満ちた自己言及性の高い作りで、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で描かれた多元宇宙のような、と言える現代の混沌とした世界観を反映したドラマ作品なのだ。 “Chaos already dominates enough of our lives. The universe is an endless raging sea of randomness. Our job isn’t to fight it, but to weather it together, on the raft of life.A raft held together by those few, rare, beautiful things that we know to be predictable”『Community』S3-4... FUN THEATER THREE vol.21 ブラックアダム ジャウム・コレット=セラ監督 T・ジョイ横浜のDolby Cinemaで鑑賞。ジャウム・コレット=セラ監督とロック様ことドウェイン・ジョンソン主演による前作『ジャングル・クルーズ』をめっぽう気に入っていたところ、新作もこの組み合わせと知ってとても楽しみにしていた。『ジャングル・クルーズ』はディズニーランドのアトラクションを映画化したものだったが、『ブラックアダム』はDCコミックスの映画化だ。今回ドウェイン・ジョンソンが演じるのは主人公ブラックアダム。この人物とにかくやたらと強くて基本的な能力はスーパーマンとほぼ同じと思われる。しかし、過去に何やら事情があり、単にヒーローとは括れない異質な存在だ。そんなブラックアダムを中心に取り巻く人々や組織による三つ巴で物語は進んでいく。この物語構造だが、考えてみると『ジャングル・クルーズ』とまんま同じだ。今作は中東を思わせる色使いの劇中美術がとてもよかったが、これも南米ジャングルが舞台だった『ジャングル・クルーズ』と非西洋文化圏のセンスという点で同じ。ついでに言うと、映画の尺もほぼ同じだったりする。現在に至るキャリアを通して、ジャウム・コレット=セラ監督の作品は独特の安定感があるように思う。ちょっと気になる掴みのアイデアがあって、内容は超ド派手な娯楽大作とはいかない予算感の出来具合ではあるのだけれど、それがちょうど良い感じというか、かといって単に地味な映画とは括れない不思議な魅力がある。作品の安定感ということで連想して考えてみると、リチャード・リンクレイター監督のように作家性を感じるでもなく、ジェームズ・マンゴールド監督のようなツウ好みの職人気質とも違うのがジャウム・コレット=セラ監督で、風通しの良さというかちょっとした語り口の品の良さが独特な気がする。これまでのミステリー、サスペンス路線に前作からファンタジー要素が加わったことで、作品のスケール感が開けたような、いつもの鑑賞後のほんのり痛快な味わいがグッと増したように思う。この路線は個人的にとても好みなので、今後も是非この方向で映画作りを期待したい。『ブラックアダム』続編の制作は考えられてないようだけど、新作『Carry-On』と制作(企画?)中らしい『ジャングル・クルーズ2』が楽しみだ。 ちなみに初のDolby Cinema体験だったが、そもそもの館内空間がとてもいい。どの席からもスクリーンがよく見えそうなゆとりある座席配置。正直、シネコンの上映室はこれが基準になって欲しい。売りである画質も音質も言うことなしでDolby Cinema最高だ。 2 ヨーヨー ピエール・エテックス監督 1965年フランス映画。シアター・イメージフォーラムで鑑賞。ヨーヨーとは、軸に紐を巻きつけ回転させて遊ぶあの玩具のヨーヨー。それがこの映画の主人公の名前だ。ヨーヨーは生まれながらのサーカスの道化で、彼の自伝のようなコメディドラマである。物語はサーカスを原点に展開しているものの、映像表現自体は映画への愛に満ち溢れてるのが面白い。例えば、物語は1920年代を舞台にして始まる。ここでの映像は1920年代の映画のように、つまりサイレント映画のように撮られている。最初、何も知らずに見た自分は「ジャック・タチみたいな映画なのか」と勘違いしそうになった(実際にピエール・エテックス監督にとってジャック・タチは作家としての父であるようだ)。物語の時代が進み、主人公を取り巻く社会状況は常に変わっていく。そこには戦争の時代もあり、どんな時代でもとにかく生きていく人々の姿が、サーカスといったエンターテインメントのありようを通して描かれるところなど、とても胸に沁みるものがある。この“父と戦争とエンターテインメント”ということで、Netflixオリジナル映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』を連想したが、ショービジネスの舞台裏が描かれるところでは、トリュフォー監督『アメリカの夜』のような可笑しさがある。映画全体を通して見ると、ヨーヨーという架空の人物の自伝的映画のようで、アーティストであるピエール・エテックス監督自身の姿が浮かびあがってくるようであり、夢と現が溶け合うラストシーンの儚さに心打たれてホロリとした。コメディと言ってもどこか控えめで詩的な作品で、エンターテインメントもの映画の大傑作だと思う。 〈ピエール・エテックス レトロスペクティブ〉全国順次公開中。http://www.zaziefilms.com/etaix/ 3 RRR S.S.ラージャマウリ監督 T・ジョイ横浜のDolby Cinemaで鑑賞。『バーフバリ』の監督による話題の新作。舞台は1920年代イギリス植民地のインド。ふたりの男があることをきっかけに出逢う。前世は兄弟かとばかりに意気投合するも、互いに背負った宿命によりその絆は引き裂かれてしまう。だがしかし、物語は運命の急展開を迎えて怒涛のクライマックスに雪崩れ込むのであった。あらすじは典型的な兄弟仁義そのものだけれど、それをブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』やジャッキー・チェン『プロジェクトA』といった作品と地続きな時代設計に、『ミッション: インポッシブル』シリーズばりに派手なサスペンス展開を織り交ぜ、クエンティン・タランティーノ監督『イングロリアス・バスターズ』のようなダイナミックな伝奇アクション映画として仕立て上げている。上映時間3時間(!)という長さを感じさせない問答無用のスペクタクルの連続と、それらを次から次へと捌いていく演出力がとにかくお見事。自分が見た回で、終映後に客席から拍手が起きたのも納得の出来映え。... FUN THEATER THREE vol.11 「人間に賭けるな」 前田満州夫監督 1964年日活映画。シネマヴェーラで鑑賞。ある競輪場で男が女に出会う。男は女に惹かれ追うが、女もまた別の男を追っていて……。さらにそれらをとり巻く人間模様。みんな何かにとりつかれたように追いつ追われつするも、空虚がただ広がっていくばかり。こんな面白い映画があるとは……と驚いた。先月DVDが発売されたようだが、そのジャケットカバーに見られる当時のセンスならではなトーンと、実際の映画の印象にはかなりギャップを感じる。今までモダンと形容される日本映画を観ても、多かれ少なかれ泣きの要素だったり、どこかしらアナクロなものを感じることがほとんどだったし、そういうものなのかと思い込んでもいた。そんな自分にとって、モダンな日本映画というのはこの映画こそ。劇中ずっと充満しているクールで熱い空気は、かっこいいジャズみたいだ。スクリーンに吸い込まれてフィルムの粒子ひとつひとつに分解されてくような快感がある。 2 「明日の夢があふれてる」 番匠義彰監督 1964年松竹映画。ラピュタ阿佐ヶ谷で鑑賞。ある天ぷら屋が舞台のラブコメディ。主人公カップルの恋の行方と関係人物たち複数のドラマが折り重なって展開していく。高度経済成長期における日本社会の光と影がコントラスト鮮やかに反映されている。まさにタイトルに偽りなしの内容。とにかく全てが軽い。といって軽薄ではなく、軽妙洒脱でベタついたところがないサラッとした職人さんならではの手際の軽み。物語の芯はひと組の男女カップルながら、カップルそれぞれの家族、それぞれの友人たち、さらにそのパートナーや仕事関係者たちの様々な諸事情によるドラマが、くるくるコロコロと転がっていくのがとても楽しい。そんな盛り沢山の情報量をなんなく一本の映像作品として成り立たせていることに感銘を受けた。終始爽やかなトーンによる語り口が観ていてひたすら心地良い。物語の結末も大仰な大団円として盛り上がるでもなく、とは言えしっかり感動を胸に残して映画の幕は閉じる。 3 「冬の旅」 アニエス・ヴァルダ監督 1985年フランス映画。シアター・イメージフォーラムで鑑賞。ある冬の日の朝、畑の側溝で若い女の遺体が発見された。バックパッカーの彼女はどこから来てどこへ行こうとしていたのか? 道中で彼女が出会い関わった人々の語りによって彼女の姿が紡がれていく。なんとなく難しい映画なのかとばかり思い込んでいたけれど、いざ映画が始まると同時にスクリーンに引き込まれ、最後まで途切れることなく夢中になって観た。とにかく面白い。あらかじめ悲惨な結末が定まっているというのに、スクリーン上の視線はあたたかく映画ならではのユーモアも湛えている。語り口はひたすらクールだけれども、そこに簡易で自然なやさしさを感じる。どんより灰色の曇り空の下で流れるレ・リタ・ミツコのヴィヴィッドな音が空虚に響くのがなんともかっこいい。今回は30年以上ぶりの日本国内上映らしいが、今年になって2ndアルバムの50周年記念盤が発売されたカレン・ダルトンの漂白感と思わず重ねてしまうものがあった。紛れもなく傑作だと思う。... Are You Experienced『Rくん』?君は『Rくん』を聴いたことがある?というか体験したことがある?ないならいますぐ bandcampで買おう。黒バックにゴシック体の怪しいジャケット、匿名的なタイトル。きっと検索には引っかからないだろう。東京で活動するシンガーソングライター、ダニエル・クオン(Daniel Kwon)による変名プロジェクトである本作は2013年リリース当時、超局所的にではあるが多くの賞賛と驚きを生んだ。少なくとも僕の周りの数少ない音楽好きはそうだった。 はじめて聴いたのは立川の珍屋というレコード屋だったと思う。ハーシュノイズのような雨音、街の雑踏や波の音、サイレン、ナレーション、校内放送などが次々とコラージュされていくエクスペリメンタルで一聴して偏執的な拘りを感じるポップアルバムに思わずレコードを掘る手も止まった。録音は当時ダニエル・クオンの職場であった小学校と自宅スタジオで行われたらしい。子供の遊び声や給食放送らしき献立の紹介に合唱などあどけない小学生の声は多くの曲で聴くことが出来るし、グランドピアノやヴィブラフォン、ティンパニなどの音楽室の楽器達が本作にはよく登場する。 僕はこのアルバムに出会ってからというもののしばらくは『Rくん』の世界から抜け出せなくなってしまった、いまでもたまに聴くとやはりなんだか危うい気持ちになる。危うい気持ちというのは、あんまり深入りしちゃいけないのにどうにも抑えがきかない感じというか、つまりとにかく中毒的で気軽に覗いてはいけないものを見てしまった時の様な不思議な魅力がある。とりあえず冒頭の「Rainbow’s End」だけでも聴いてみてほしい、出来れば大きい音でヘッドフォンで。雨音のようなノイズからはじまり、囁かれる”レッツゴー、ワントゥー、レッツゴー、ワントゥー”。ダークで美しい響きを持ったメロディはもちろん、とにかく拘られた録音とミックスからは遊び心を超えた何かやばみを感じさせる。左から流れる不穏なシンセサイザーの持続音を断ち切るように唐突に入るアコギ、右から左へと侵食していく波の音、サイレン、スネアロール…ここまでくればあとはもう音に耳を任せるだけだ。もう一曲選ぶなら「Happy4ever」だろう、ここではまるで映画『インセプション』のように——脈絡のない他人の夢や脳内を漂っているかのような感覚を僅か11分でユーモラスに表現してみせる。 バンドミュージック、ヒップホップ、テクノ、ハウス…ジャンルを問わず、あるひとりのアーティストの内面や作家性が強烈に出た作品——録音、編集、ミックスをダニエル・クオンがほぼ1人で手がけた本作からは他者との交わりではないところから生まれたアート、それにしかない引力がある。ややラフな質感の穏やかなエンドロール「#9」で彼は日本語でこんな風に歌ってアルバムが終わる。 “金縛りはないよ、ほとんどないんです 頭が真っ白” bandcampではタイトルが『Love Comedy』に変更されジャケットも差し替えられているが、$5払えばすぐに買える。異国の地の音楽室やアパートで作られたねじれたダークファンタジー、ひっそりとでいいから語り継ぎたい名作だ。 ちなみにCDのブックレットには大島渚をはじめとするスペシャルサンクス欄があって、作品を読み解くヒントにもなりとても面白い。... 好奇行日記 成田山編Text by 藤井優 いやー明けましたね。2022年。おめでとうございます。今年もどうぞご贔屓に! というわけで、新年一発目の記事なんですが、個人的な恒例行事みたいなもんで毎年初詣に成田山に行かせてもらってるので、その事をちらっと書きましたので、早くもきた今年初のご贔屓だと思ってお付き合いのほど。 もうかれこれ10年以上続けてるので、これをやってやっと新年来たなって思う結構大事な行事だったりします。行くまではめちゃくちゃ嫌だけど。遠いから。でも行く。やるって決めたから。成田山のある成田の駅に向かうまでの電車の時間が長いのでひたすらに音楽聴いてるんですが、東京から千葉に向かう際、新小岩を通るので、その時はZORNさんを。ヘッズとしての礼儀というか性でしょうね!こればっかりは。(どうでも良いけど、総武線から見えるスカイツリーって合成みたいで面白いよね!) んで、千葉に向かうまでの時間は、つい先日めでたくラップスタアに輝いた千葉発のラッパー、eydenさんのEPを。ラップスタア優勝おめでとうございます!お祝いのメッセージとか今は直接DMなどで送れるけどしない。アーティストとの距離感は大事。でもSkaaiさんにはしました。すみません。 そんなこんなで着きました。この日は雪が降った次の日だったので、まだ雪が残ってました。雪がある初詣はおそらく初なので、その意味はちょっと特別感がありました。ホワイトクリスマスならぬ、ホワイト詣。…ねっ! 駅から参道があるんですが、ここはまだ入り口らへんなので、本格的な参道というよりかは、プレ参道といった感じです。いつもこのプレ参道の途中にちょっとした広場があってそこで、猿回しのイベントをやってるんですが、今年は雪の為かやってない!中々猿回しを近くで見ることがないので初詣の楽しみの1個だったのにメーン…来年は見れますようにって話!(おかえりなさい!) 5分くらい歩くと、本格的な参道らしくなる下り坂に突入。お土産屋さんとか金物屋さんとかの建物も雰囲気があって、良い感じです。ここで消毒用のアルコールを持ったおじさんに、「合格おめでとう!」とか言って頂いて、どうも!とか返しちゃったけど…マスクマジック、サンキュー! 良い感じでしょ 参道を抜けると見えてきました、本命のご登場。毎度ながら…かっけー!早速中へ。 階段を登るとそこにどーんと御本殿。今年もなんともなくここに来れたことに、感謝カンゲキ雨嵐。 御本殿の横にある、おしゃれ三重塔。見えないところのおしゃれの重要性を体現なされてる。格好良いよね、これも。お参りを済まして、御守りも買って、いつもなら帰るんですが、先ほども言った通り雪がある感じが初なのでちょっと探索。 これは裏本殿。御本殿の後ろ側です。陰の部分とか悪い方とか覚醒後とかじゃないです。 結構、好きな雰囲気醸し出されてます。さすが、ホワイト詣(懲りてない)。 これは、平和大塔っていう成田山の歴史展とかがある塔です。全貌は実際見るまでのお楽しみってことで。我ながら、良い写真をめちゃくちゃ狙いにいってる感がムンムンだな。というわけで、初詣も探索も終えて成田の駅へ。帰りはこれかな。成田から飛び立ちたい願望も込めて。iPhoneにこれ書いてるし。(ザ・こじつけ) それでは皆様、良い1年を!... High Top or Low #1この歳になると「あまり履かないんだよね」とか「大体履くのはブーツか革靴かな」とか「服装に合わなくて履かない」なんて言われる機会もちらほらあったりするんです。そのたびに心の中でこう囁くの。(現役バリバリで履きまくっててスニーカーしか持っていない私は一体…)と。 はい。前置きはこのくらいにして今回はスニーカーと音楽、というかスニーカーとヒップホップについて自分なりに感じていることを書こう!と思ったので軽い感じで見ていただけると幸いです。 まずは何と言ってもこれです。 My Adidas / RUN-DMC RUN DMC の adidas ファッションはヒップホップを聴いてない方々でもなんとなくは目にしているはず。この adidas のスーパスター(あのシューレース全部外して履くやり方、真似したはいいけど歩けるのか?って誰しも思ったよね!)をはじめ、80年代の当時は puma のスウェードなんかもストリート界隈では人気だったみたいです。なんだか今とあまり変わってない気が。それほどあのデザインが普遍的で格好良いものなんでしょうね。 そこから日本にもヒップホップがやってきてもちろんスニーカー文化も一緒に流行ることになるんですが有名なのはやはりこれでしょう! 証言 / LAMP EYE ここの5番でまさに”証言”している通り毎日磨くもんなんですよ。スニーカーは。なぜかって?それはね。ラッパーの方々が有名になって自慢するものと言えばお金、女性、車、アクセサリーなどがありますがその中にファッションがあるのももちろんのこと。綺麗なスニーカーを履いている→いつも新品身につけている俺→金回りがいいんだぜみたいな感覚で。だから皆履いているのは、ひたすらにピカピカ。本当に超人気でいつも新品履けている人達は良いけど、それに憧れてるだけの僕みたいな一般素人の端くれみたいな奴は必死こいて磨いてるんです、家で。それで憧れのアイツに近づこうとしてるんです….. 悲しくなってきたな。頑張ろう。 前向きになれた(?)ところで話を戻すと、スニーカーのことについてラップしてる曲は他にもあって色々紹介したいんですが、長くなってしまうので最近の曲で自分の中でおっ!ってなったのがこれ。 They Call Me Super Star / KOHH この中で「スーパースターに憧れてコンバースをボロボロにしていた」ってあります。ここで言うスーパースターって文字通りの意味もあるけどやっぱり先述した RUN DMC が履いていた adidas のアレにもかけてるよね?(なにわかりきったことを。って思ってる方!心の奥にしまっておいて。)しかもここでコンバースを出してくるところがまた良い。皆が一度はお世話になってるコンバース。この言葉がすごい距離の詰めかたしてくれてる。あれ?自分と変わらないかも。もしかして自分も頑張ればああなれるかもって思わせちゃう。絶妙なブランドの対比だなぁ。 ということで、とりあえずこんな感じかな。次もまたお楽しみに。... Spirit of the Golden Juice #1, Modern Times Beer – Ordervilleビール。ひとりで飲むビール。友達と飲むビール。ソファに寝転びながら飲むビール。広いシネコンの客席でひとりぼっちで飲むビール。暑い日にベランダで飲むぬるくなったビール。かじかむ手で夜道を踏みしめながら飲むビール。あんなビール、そんなビールと音楽の話。 いつの間にか、昼は暑いくらいの陽気になってきた。いつもなら公園のベンチで缶ビールを飲んでいるところだが最近はそうもいかない。ウィルスの不安には耐えられるけれども、それによって顕になった色々な事がどうしても頭を重くして、この陽気すら残酷に感じてしまう。こんな日ばかりはただただ呆けてビールを片手に時計を眺めているに限る。 Modern Times Beer – Orderville カリフォルニア州サンディエゴのブリュワリーからの一本。最近は流行りも落ち着いてきたHazy IPA。流行を意識したのか”Dank”の表記は”Hazy”に変更になったらしい。“Hazy”とは濁ったビールの見た目を指していて、”Dank”というのはマリファナのような風味を表すスラング。モザイク、シムコーをはじめとした6種類のホップが使われたフルーティな香り。一口飲めば爽やかな甘みと香りが広がって、優しい苦味が鼻を抜ける。溶けてしまいそうな体がそのままソファにずぶずぶ沈んでいうようなリラックス感が楽しめる。 Girls In The Grass / Steve Hiett ファッション誌の写真家としてキャリアをスタートし、Jimi HendrixやThe Doors、Miles Davisなど著名アーティストもカメラに収めてきた彼の唯一作『渚にて…』。そのリイシューに併せて発売された彼の未発表音源。 風通しのいいギターの音色は陽の光を浴びているような心地よさがあるけれど、空虚なリズムと共に浮かび上がる風景の海岸や街並には香りや遠鳴りすらもミュートされたような”不在”を強く感じさせる。あるべきものがそこにない、不穏なチリチリとした静けさは、今この状況におかれた街が見せた表情と重なって、ジャケットに添えられた少女達の写真のようにその世界に閉じ込められてしまいそうな、いっそそこに閉じ込められてしまいたいような、そんな気持ちにもなってくる。 エコーの靄の中に吸い込まれるような酩酊感と不安に寄りそってくれるようなビールの香りがあいまって、頭をもたげていたものを少し軽くしてくれるような気がする。この黄金色のジュースが明日、心を燃やす血の一滴になりますように。...