FEATURED GROUP / RECORD最近同僚におすすめしてもらって感動したレコードがこれだ。彼の薦めるレコードは毎回ハズレはないんだけど、今作を僕が詳しく知らないと言ったとき「え、マジっすか」と、半ば落胆、いやもはや軽蔑に近い反応をされたのですぐに購入した。そして、まんまと深くハマっている。レコード屋で働くのは辛いことばかりだが、こんな事があるからいまだに続けているのかもしれない。 検索するにはやっかいなアーティスト名とタイトルからして、ひしひしとアティテュードが伝わる本作は2001年佐々木敦プロデュースのレーベル「ウェザー」からリリースされた国産ポストロックの先駆的作品、として知られているらしい。なんとなく存在は知っていたが、あの界隈の音には昔から鈍感で恥ずかしながら今回のレコード化を期に初めてちゃんと聴いた。 トランペット、ソプラノ・サックス、ギター、ベース、ドラムという編成のインストゥメンタル・バンドなのだが、とにかく全ての音が感動的に気持ち良い。ゆるやかに熱を帯びていく楽曲とそれを雄弁に表現する演奏が魅力であるのはもちろん、僕は本作をミニマルテクノや優れたダブアルバムなんかと同じ感覚で聴いている。サウンドそのものにこの音楽の本質があり、そしてそれこそが本作がポストロックと括られる数多の作品から離れたところで鳴っていると感じる所以だろう。少し調べてみると録音とミックスに内田直之(LITTLE TEMPO、OKI DUB AINU BAND等)の名前を発見してなるほどと頷いた、とりわけ「Before」で聴けるふっくらとしたベースと管楽器の静謐な残響音は息を飲むほど美しい。 自宅のレコード棚を整理しながらKazufumi Kodama & Undefined「2years / 2years in Silence」のとなりに本作を並べた。アンビエントと交差する静かなダブアルバムと「RECORD」の並びが僕にはとてもしっくりくる。なにげない日常のなかで、ふとした時に聴きたくなるような、そんな一枚になるだろう。ちなみに、サブスクでも聴くことは出来るがぜひレコードで。カッティングはBasic Channelが設立したDubplates & Mastering、大きな音で鳴らして欲しい。... The San Lucas Band / La Voz de Las Cumbres (Music Of Guatemala)東北の田舎から東京に越してきてもう10年くらい経つが、この街の夏の暑さにはまったく慣れない。子供のころは夏の始まりといったら少し気持ちが浮き立つようなワクワクがあったものだが、いまや皆無。始まりと共にお願いだから早く涼しくなって下さいと切に願うばかりである。ちょっと飲みにいくのも、映画に出かけるのも億劫になるばかり。この熱気のなか、人が集まるところにすすんで行きたいと思えるのは異常な思考の持ち主だけだ(そう考えると毎日レコードを掘りにくる、ディガーの先輩方には頭があがらない)。まぁそんな世知辛いコンクリートジャングルに暮らすぼくの悲しき夏バテに寄り添ってくれる、素敵なレコードを見つけたので紹介する。 The San Lucas Band 「La Voz de Las Cumbres (Music Of Guatemala)」、本作はグアテマラの山村サン・ルーカス・トリマンの楽団による、葬送曲やポピュラーソングの演奏を収録した盤で初出は1975年。スイスの名門Les Disques Bongo Joeからこの度アナログリイシューされた。ディープな音楽ファンの間では密かに嗜まれていたカルトな1枚で、ジョン・ハッセルやチャーリー・ヘイデンの愛聴盤としても知られているらしい。レコードに針を落とすとまるで魂が抜けていくような腑抜けたサックスが流れ出し、フラフラともたつくドラムがそれを追いかける。アイラー、AEOC、ポーツマス・シンフォニア、コンポステラ、、、などの名前が頭に浮かぶが、なんだかそのどれとも似ているようで決定的に違う。映画版『ニシノユキヒコの恋と冒険』で少しだけ映るマヘルの演奏シーンの違和感と不思議なノスタルジー、なんとなくそれを思い出す。土着と非洗練、きっとどこにも存在しないオリジナリティ、こんな音楽をエキゾチックと呼びたい。 休日にクーラーの効いた部屋で流していると、少しだけ外の風が欲しくなる。窓をあけて、タバコを吸い、ぼーっと聴きながらだらだら過ごす、そんな夏にはちょうど良い。たまには山とかいってみるかと柄にもなく考えるが、きっと行くことはないだろう。いまのところ、2024年の個人的ベスト再発案件。これがリアルmaya ongaku、おすすめです。... The Oz Tapes / 裸のラリーズ 発売記念リスニング・パーティー @渋谷WWW X会場内BGMはMJQ。気のせいかさりげなくDUB Mixが施されてるような。お香も焚かれていい雰囲気。ステージ向かって正面の壁一面はスクリーンが張ってあって、両端には水谷孝本人のものと思われるギターとアンプが設置されている。ステージ向かって右にビグスビー付きの黒いFenderテレキャスターとギターアンプGuyatone 2200。向かって左はやはりビグスビー付きの赤いGibson SGとこちらもキャビのみ右と同じGuyatoneで、ヘッドがMarshallというセット。 MJQにフェードインする形でオープニングアクトYoshitake EXPEの演奏がスタート。エレキギターによるインストで、明快なテーマが数珠繋ぎに切れ目なく展開していく素晴らしい演奏。どこまでも伸び続けるようなサスティーン音に我知らずうちに浸りきっていると、突然照明が激しく点滅し同時に大音量のフィードバックギターが鳴り響いた。それまでの顕微鏡を覗き込んでいたようなピースフルな雰囲気が一転、ドレによるダンテ神曲のあの世界に。軽く恐怖を感じた。地響きのような大音量ではあるけども超重低音のそれではなく、中低音に焦点の合ったボコっとした音像で、下腹部~胸のすぐ下あたりを中心に全身へ振動が響き渡って気持ちがいい。身体が揺れて思わず踊り出したくなる。The Velvet UndergroundのQuine Tapesのような親近感と、この時点ではまだ原石の輝きというか、ならではの愛らしさと激しさの眩惑感で満ちていて、The Original Modern Loversのような瑞々しさ。凶暴でありながら素朴で懐かしい音を奏でるバンドのこの圧倒的な個性は、やはりリーダー水谷孝の資質によるものなのだろうか。曲がレコードA面最後の“白い目覚め”になると、正面スクリーンに水谷孝とバンドの写真の数々が投影されて、胸がいっぱいに。写真は過去何度となく目にしてきたものだが、とにかくかっこいい。常に気品というか可憐さみたいなものがあって、これまでも目にするたびに思ってきたことだが、やっぱりいつ見てもかっこいい。 裸のラリーズといえばノイズギター。とまずはなるけれど、同じくノイズギターと形容されるようなUSオルタナ、或いはUKシューゲイザー、そのどちらとも違うものだと個人的には思う。特にThe Oz Tapesでは、後の’77 Liveともまた違う剥き出しのバンドの姿が収められていて、The Velvet Underground、Jimi Hendrix、60年代後期サンフランシスコのサウンドetc…、それらが渾然一体となってこちらに向かって転がってくるようなグルーヴ感がかっこいい。サイケデリアという視点から考えてみると、アシッドなロックからMJQまでを横断する開かれたセンスは、今こそ広く聴かれるべきものがあると思う。Trad Gras Och StenarとShin Jung-hyeonと並べておきたくなるこのレコードの再発レーベルの大元がLight in the Attic Recordsというのに納得だ。 本公演はリキッドライトが全編に渡ってステージ上スクリーンに映し出される演出がなされていて、これがとても素晴らしかった。繰り返すリズムと響き渡るエコーに映像空間がリンクして意識がフラクタル状に溶けていくような、そんな音楽の醍醐味がたっぷり味わえた。さらに久保田麻琴によるライブMix、会場の音が本当に素晴らしく、まるで生きているかのようなバンドサウンドで、レコードを聴いて改めてあの場の凄さを実感した。 ラスト曲でステージ左右に設置されていたギターアンプがオン。バンド演奏のフィードバック音がもつれ重なり混じりあって回転し続ける音像がとてもかっこよかった。... Are You Experienced『Rくん』?君は『Rくん』を聴いたことがある?というか体験したことがある?ないならいますぐ bandcampで買おう。黒バックにゴシック体の怪しいジャケット、匿名的なタイトル。きっと検索には引っかからないだろう。東京で活動するシンガーソングライター、ダニエル・クオン(Daniel Kwon)による変名プロジェクトである本作は2013年リリース当時、超局所的にではあるが多くの賞賛と驚きを生んだ。少なくとも僕の周りの数少ない音楽好きはそうだった。 はじめて聴いたのは立川の珍屋というレコード屋だったと思う。ハーシュノイズのような雨音、街の雑踏や波の音、サイレン、ナレーション、校内放送などが次々とコラージュされていくエクスペリメンタルで一聴して偏執的な拘りを感じるポップアルバムに思わずレコードを掘る手も止まった。録音は当時ダニエル・クオンの職場であった小学校と自宅スタジオで行われたらしい。子供の遊び声や給食放送らしき献立の紹介に合唱などあどけない小学生の声は多くの曲で聴くことが出来るし、グランドピアノやヴィブラフォン、ティンパニなどの音楽室の楽器達が本作にはよく登場する。 僕はこのアルバムに出会ってからというもののしばらくは『Rくん』の世界から抜け出せなくなってしまった、いまでもたまに聴くとやはりなんだか危うい気持ちになる。危うい気持ちというのは、あんまり深入りしちゃいけないのにどうにも抑えがきかない感じというか、つまりとにかく中毒的で気軽に覗いてはいけないものを見てしまった時の様な不思議な魅力がある。とりあえず冒頭の「Rainbow’s End」だけでも聴いてみてほしい、出来れば大きい音でヘッドフォンで。雨音のようなノイズからはじまり、囁かれる”レッツゴー、ワントゥー、レッツゴー、ワントゥー”。ダークで美しい響きを持ったメロディはもちろん、とにかく拘られた録音とミックスからは遊び心を超えた何かやばみを感じさせる。左から流れる不穏なシンセサイザーの持続音を断ち切るように唐突に入るアコギ、右から左へと侵食していく波の音、サイレン、スネアロール…ここまでくればあとはもう音に耳を任せるだけだ。もう一曲選ぶなら「Happy4ever」だろう、ここではまるで映画『インセプション』のように——脈絡のない他人の夢や脳内を漂っているかのような感覚を僅か11分でユーモラスに表現してみせる。 バンドミュージック、ヒップホップ、テクノ、ハウス…ジャンルを問わず、あるひとりのアーティストの内面や作家性が強烈に出た作品——録音、編集、ミックスをダニエル・クオンがほぼ1人で手がけた本作からは他者との交わりではないところから生まれたアート、それにしかない引力がある。ややラフな質感の穏やかなエンドロール「#9」で彼は日本語でこんな風に歌ってアルバムが終わる。 “金縛りはないよ、ほとんどないんです 頭が真っ白” bandcampではタイトルが『Love Comedy』に変更されジャケットも差し替えられているが、$5払えばすぐに買える。異国の地の音楽室やアパートで作られたねじれたダークファンタジー、ひっそりとでいいから語り継ぎたい名作だ。 ちなみにCDのブックレットには大島渚をはじめとするスペシャルサンクス欄があって、作品を読み解くヒントにもなりとても面白い。... Forge Your Own Tapes vol.4FYOC’s Exotica Feeling最近エキゾってよく聞きますが正直しっくりこないものがほとんどじゃないですか。マーティン・デニー〜アーサー・ライマンなどを通過したいわゆるエキゾチカはいまや様々な文脈を経て新しいエキゾ感が生まれているように思います。ヨーロッパ各国のビートミュージックや先鋭的なジャズ作品なんかを聴いているとかつてあったエキゾシチズム=異国情緒的な感性とはまた違った新鮮なフィーリングを呼び起こさるように思うのです。ということで今回は唐突にFYOC的エキゾ特集、最近リリースのものからクラシックまで、2022年に聴くにもジャストな作品を選びました。記事中の楽曲プラスαのプレイリストは最下部に貼ってますのであわせてどうぞ。 Don the Tiger / Matanzas Crammed Discs, 2018 バルセロナ出身、リディア・ランチやマーク・カニンガムとの共演経験もあるというギタリスト兼伊達男、Adrian De Alfonsoによるソロプロジェクト。Timmy Thomas meets Serge Gainsbourg(友人談)、もしくは「Rain Dogs」のエレクトロニクス版とも言えそうな郷愁ラテンエキゾチカ。密室的な鳴りのビートとパーカッションが肝なのはもちろん、アンビエント的感覚も内包したシンセ〜エレクトロニクスがなにより最高。本作は2018年リリースの2作目でリリースはなんとCrammed Discsから。街灯を登るお茶目な姿が見れるPVも必見。 Karabrese / Fleischchäs rumpelmusig, 2021 スイスのプロデューサー/DJ、Sacha Winklerの2021年作「Let Love Rumpel (Part 1)」収録曲。生音+エレクトロニクスの絶妙なトラックの上にゆらゆらと彷徨うバリトンサックスとポエトリーが琴線を刺激、ふいに出てくるスナップやらリコーダー、カリンバもとてもいい塩梅。 Ramuntcho Matta / Écoute Cryonic Inc., 1985 Don Cherryとの共演でも知られるフランスの音楽家RAMUNTCHO MATTAによる85年作。bpm100前後のアフロパーカッションにフリーフォームなサックスが被さるMarimbula , 同時代のポストパンク〜ニューウェーブとの共振も感じさせる “Ecoute… ” ” Ibu”などを収録したエスノ・アヴァンジャズの傑作。翌年リリースの『24 Hrs』もあわせて必聴です。 Mamazu / Dada SABI, 2021 東京拠点のDJ/プロデューサーMamazuによる2019年楽曲。呪術的なパーカッションとチャントが秘境へ誘う瞑想的ダンストラック。土着的サイケデリック感高濃度なオリジナルもナイスだが、エクアドルのプロデューサーNicola Cruzによる Remixも捨てがたい。野外で爆音で聴いたら堪らないだろうなぁ。 Angel Bat Dawid / Black Family International Anthem, 2019 シカゴ前衛ジャズシーンから現れたクラリネット奏者/作曲家による初リーダー作品『The Oracle』に収録。地鳴りの様なベースとタイトなドラムのうえを幻想的なクラリネットの旋律がふわふわと浮遊するスピリチュアル・エキゾジャズ。Sun Ra〜Alice Coltrane〜AAOCあたりを確実に継承しながらその先を感じさるモダンなプロダクションが素晴らしい。2020年『LIVE』での熱演も是非。 Bendik Giske / Cracks Smalltown Super Sound, 2021 ロシアン・レフトフィールドテクノの才人Pavel Milyakovとの共作アルバムも素晴らしかったノルウェーのサックス奏者。アブストラクトなサックスとパーカッションの反復が生む中毒性と酩酊感、スカスカの『空洞です』をさらに解体して『World of Echo』に一晩漬けたようなミニマル・エクスペリメンタル・ジャズ。 Ultramarine / Breathing Les Disques Du Crépuscule, 2019 90年代初頭から活動するUKエセックスの二人組による2019年作『Signals Into Space』に収録。最近のMusic From Memoryのカタログとも共振するようなバレアリック〜ダウンテンポ。過去にはロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズ等との共演歴もあるようで、このレイドバック感はカンタベリーからの地続きと思うと腑に落ちるものがありますね。昨年リリースのEP『Interiors』も夢見心地な最高のメロウ・エレクトロニカ。 Mike Cooper / Oceans of Milk and Treacle Room 40, 2022 ブリティッシュ・ブルースの偉大なるギタリストにして90年代以降は実験的な音響作品を量産するマイク・クーパーの2022年最新作。ラップスティールギターが持つエキゾフィールと3種のサックスにフィールドレコーディングがコラージュされたエキゾ・アンビエント。ノスタルジックと簡単に言うのは憚られるような音世界はJon Hassellと並べても最早遜色なし。 Moondog / Snaketime Series Moondog Records, 1956 いまあらためて聴きたいNYストリートから現れた盲目の音楽家による56年第1作目。東洋的な旋律とチャカコポ乾いたパーカッション、赤子や動物達の鳴き声までミックスされた永遠に謎めいたサウンドは何とも似つかないエキゾシチズムを纏っています。 細野晴臣 / 洲崎パラダイス Speedstar Records, 2017 1956年の日活映画『洲崎パラダイス赤信号』からインスピレーションを得た2017年『Vu Ja De』収録曲。いまは存在しないものへの憧れから生まれるフィーリングがやはりエキゾの本質。この楽曲から漂う不気味さやいかがわしさにはその魅力の全てが詰まっているように感じます。... Big Crown Records –懐かしくも新しいヴィンテージサウンドヴィンテージやらレトロやらといったワードは耳にタコ、レコードショップに生息し音楽好きに囲まれて生きているともうちょっとげんなりするほどよく聞くワード。しかし、そんなヴィンテージなサウンドにももちろん色々とあって、50’s〜60’sにただただ忠実なだけではなく当時の空気感や匂いみたいなものまで浮かびあがらせ、さらにはそれを現代的にアップデートしてしまう、時代を特定出来ない魅力的なサウンドがごくごく稀にある。そのリアルに血肉化された、ただの真似事とは一線を画すサウンドは私のような懐疑的なリスナーにとっても新鮮に響く。 アメリカのブルックリンを拠点にするインディペンデントレーベルBig Crown Recordsはまさにそんなサウンドの宝庫。現行ソウルのリリース&ディープファンクのリイシューなどで知られる名門「Truth & Soul」の消滅後、オーナーであったLee Michelsが2016年に発足して以降、玄人達を唸らせる数々のリリース続けている。ようやくアナログリリースされたチカーノソウルレジェンドSunny & The Sunlinersの最高カバーアルバム『Dear,Sunny』,スウィートソウルの可能性を追求するHoly Hiveの新規軸シングル『I Don’t Envy Yerterday』,そして『Bye Bye』『Long Day』と立て続けに傑作シングルをリリースしているBrainstoryなど2021年も話題に事欠かないBig Crown Recordsの魅力をいまさらながらご紹介!ページ最下部のプレイリストとあわせてどうぞ。 Brainstory 髭と髭と髭による3人組、ブレインストーリー。まず名前が最高にイカしてる彼らはカリフォルニアのストリートから現れたBig Crown最注目のソウルバンド。 L. A.のまばゆい陽光の下鳴らされる、とろけるようなスウィートソウルが中心だが、どれもどこかやるせなく情けない。『インヒアレント・ヴァイス』的煙たいサイケデリック感覚とジャズからの影響も特徴的で、1stアルバム『Buck』最終曲”Thank You”なんかはサン・ラがラスカルズの”Groovin”を演奏してるかのような得体の知れなさがなんとも魅力的だ。2021年リリースのニューソング”Bye Bye”はホワイトアルバムさながらの異常なまでにぐしゃっと中域にまとまったサウンドに「バイバーイ」のコーラスが頭にこびりつく大名曲。いま一番キテるのは彼らかも。 Holy Hive オーセンティックな”いい曲”のオンパレードに見えて、アンサンブルの可能性をひたすらに模索しているようなスウィート・フォーキー・ソウル。これだけでずっと聴いていたくなるようなファルセットボーカルと、とにかくツボを押さえまくったHomer Steinweissのドラミングは最高の一言。あえて名前を出したのは、名だたるビッグネームのバックでも叩いてる事と、Daptonesの諸作品への参加も含め、Big Crownからのリリースに共通するドラムの”良さ”がただの過去への眼差しの焼き直しにならないところ。肝な部分だなと思います。 The Shacks マルチプレイヤーMax Shragerとシンガー&ベーシストShannon Wiseによるニューヨークの2人組。クロディーヌ・ロンジェの如きミステリアスなヴォーカルの囁きとアメリカンクラシックなバンドサウンドはいつの時代でも「生まれる時代を間違えた」と嘆くティーンに希望を与えるのに充分すぎるサイケデリックな煌めき。アップルのCMに起用されたKinksの脱力カバー”The Strange Effect”も最高だが、気怠い夏のサウンドトラック第1位はこの曲だったはずのプールサイドレゲエ”Hands in Your Pocket”や『Dear Sunny…』収録の”Smile Now , Cry Later”のカバーに滲み出る浮世離れ感がこのバンド最大の魅力だろう。 Bobby Oroza Big Crownの伊達男、ボビー・オローサはフィンランド生まれのソウルシンガー。レコードコレクションの宇宙から飛び出てきたようなヴィンテージサウンドはまさしくBig Crownな音だが、リヴァーヴのひとつとってみても異常な説得力を持って鳴る未来のローライダー・サウンド。これは真似事ではなくオリジナル、新しさよりもさらに新鮮なのです。常につきまとう甘くディープな哀愁は同郷のアキ・カウリスマキ映画のようでもあり(劇中でも使われた)クレイジー・ケンバンドのような風情まで滲み出る、『This Love』はEarl Sweatshirtがサンプリング。 79.5 風通しのいいグッドミュージックにESGやPatrick Adams的なNYダンスミュージックの変異性を抽出して、ぽたぽたとスポイトで少しずつ垂らして作り出したような音楽。気怠げながら暗くならない軽やかさをもつキュートさが魅力。Big Crownからは様々なジャンルのリリースがありながら、ニューヨークの土着的なストリート感覚があり、新たな視点をもたらしてくれるような音楽が多く存在していて、映画や小説で目にしたような生活の一部を覗かせてくれるように思う。 Big Crown Records HPhttps://bigcrownrecords.com/... ひっそり教えたい S.O.T.A R&B10選テキスト:藤井優 2021年1月に観たZORN氏のライブで良い幕開けができたなぁなんて思っていましたが、世の中は相変わらずで悶々とした日々を過ごしている今日この頃の私ですが、皆さんはどうですか?悶々としてますか? 大きなお世話はこのくらいにして、新しい生活様式になり、良くも悪くも時間を持て余す中で気づいたことは、新しいアーティストは日々出続けているってこと!ということで、ここ最近で気になったR&Bの駆け出し新人から人気シンガーを中心に10個くらいあげますね。ランキングとかじゃなくて格好良いなって思ったものをただただ羅列するだけなので横目でチラッとご覧下さい。 SNOH AALEGRA / DYING 4 YOUR LOVE もはや人気シンガーの1人になったSnoh姐さんの最新シングル。とにかく声がめちゃくちゃ好きでアルバムもよく聴いていたんですが、この曲も相変わらず良いです。ちなみに姐さんとか言いましたが同世代です。こうも違うか。。。 RINI / BEDTIME STORY ’17年くらいに出たアルバムが良くて聴いていて、いつの間にか大手レコード会社と契約しちゃって売れるの必至な彼のシングル。曲はもちろん良いんだけどMVのアニメーションのクオリティーとかも含めて最高。 DEVIN TRACY / ThinkOfYou 最近の収穫第1位がこれ。見つけた時はドヤ顔カマしました。自分に。見た目も良い。曲は1分ちょっとしかないんだけど、なんだこいつって思わせるには充分の格好良さ。「EASY」って曲も出ててそっちも良いです。 AARON CHILDS / WARRIOR ’18年くらいに見つけた「MY WAY」っていうEPが良くて要チェックしてた彼のシングル。ザ・王道の現行ソウルな感じで良いです。アフロも似合ってるし羨ましい。アルバムらしいアルバムはまだ出てないのでそっちも期待したいところ。 KIRBY / WE DON’T FUNK アルバム「Sis.」に収録。あのお方の影響をモロに受けてるんだろうなと感じれる曲で好きです。ジャケットの写真からして気になっちゃう。というか、これが入ってるアルバム自体格好良いので気になった方は是非聴いてみて下さい。 MADISON RYANN WARD / PLAYER 見た目的にノリノリのフロア受けのR&Bなんだろうな、なんて思ったけど全然違った。アコギメインの今っぽい音少なめなトラックから始まって歌い出した瞬間耳持ってかれました。良い声してます。 rum.gold / WAITING FOR feat.JAMILA WOODS 最近出会ったデュエット曲の中でのベスト。「aiMless」に収録されてます。JAMILA WOODSは出だしから文句なしに格好良いですが、そんな彼女に喰われることなくちゃんと存在感のあるファルセットで対抗するrum.goldもさすが。 PRIYA RAGU / GOOD LOVE 2.0 このアーティストも最近の収穫の1人。まだ2曲くらいしかリリースしていないらしく、本当に青田買いできて良かった。体が揺れちゃうビートが良いし急に転調する感じも好きでした。今後に期待してます。 LOONY / iN CODE 「JOYRiDE」収録のこの曲。これはみんな好きでしょ、きっと。HOOKのピアノの感じとか彼女の歌い上げ方とか最高。すごいポップだしテンション上げたい時に聴いても良いと思います。 TC Alone / FLOWERS 一昨年出た「COLD」って曲にすごいハマって聴いてたんですが、最近出したシングルも良かった。綺麗な声してて羨ましいのなんの。イントロのオルガンっぽい音と声が合ってて最高です。 というわけで、いざ書き始めたらあれもこれもみたいになって収集つかなくなりそうでしたが、とりあえず選べました。改めて見ると本当に色々な人がいますね。基本的に飽き性な私が音楽をずっと聴き続けてる理由はこれも関係してるんだろうなぁ。今年もまだ見ぬ才能に出会えることを期待して!そして、今までスニーカーの記事や舐達麻さんの記事を書かせてもらったので、今年もこれに続いてなにか書けたら良いなぁ。では、花粉と戦いながら記事ネタ探しに行ってきます。... 「天国へ向かう飛行機の中で書かれた詩のようなもの」 ─ Interview with Eve Adamsインタビュー、テキスト :小倉 健一English interview at the bottom of this page. 本作 Metal Bird は、Eve Adams を名乗るLAのアーティストによる新作である。おそらく本作が3作目のリリースと思われるのだが、彼女に関する情報はあまり多くはない。以前の名義と思われる Scout では Neil Young らのカバーを披露しており、フォーク〜カントリーというひとつのルーツを垣間見ることができる。ともすれば雰囲気頼り或いはアヴァン頼りになりがちなこの手において、本作の落とし所は絶妙である。プロデュースを手がけているのは、カナダより新たな時代を牽引する Crack Cloud/N0V3L のメンバーである Military Genius(彼は以前から彼女の作品によくクレジットされていた)。昨年リリースされた彼の傑作ソロ・アルバム『Deep Web』で露呈したセンスと、更なる楽曲アレンジが過去最高にハマった結果、今すぐNumeroがコンピに収録してしまいそうなオーセンティック感を持ちながらも、Cindy LeeとCaretakerをバックにつけたJulie Cruiseのようなメランコリック・フォーク・バラッドに死亡。誰にも知られず自分だけの手元に置いておきたいほどに特別な未来の(現在でも)名盤。 Interview with Eve Adams それぞれの曲は地獄から天国へ向かう飛行機の中で書かれた詩のようなものです、暗闇から出てきて光に向かっていくような。 ——— あなたのことは以前から気になっていたのですが、Googleに聞いても多くのことは教えてくれず、今回インタビューすることができ嬉しく思います。はじめに簡単に自己紹介いただけますでしょうか。 こちらこそインタヴューを受けることが出来てとても嬉しいです。ありがとう!私の名前は Eve Adams。カリフォルニアのアーティストです。 ——— LA出身とのことですが、現在もLAで暮らしているのですか? はい、そうです! ——— いつから音楽を作るようになったのでしょう。また、一人で作ることはあなたにとってどれくらい重要ですか?必須?それともそうするしかなかったから? 13才位の時に自分の部屋で音楽を作り始めました。18才で写真を勉強するためにモントリオールに引越してから、自分の曲を沢山レコーディングし始めました。これまでに自分ひとりでいくつかアルバムを制作することで、非常に多くの癒しと学びを得ることができたと思います。でも、次のアルバムはさらに手を広げて多くの人を制作に招き入れることを楽しみにしています。 ——— 本作を聴いてJulie CruiseのFloating Into The Nightを想起しました。スイートで、ノスタルジックで、孤独で、少し狂気を感じるような。本作の制作にあたり何かテーマはありましたか? ありがとうございます! はい。このアルバムは、自分自身の檻の中で過ごした3年間の遺物です。私はまるでタロットの「吊るし首の男」のように、自分が宙ぶらりんになっているみたいに感じていました。それぞれの曲は地獄から天国へ向かう飛行機の中で書かれた詩のようなものです、暗闇から出てきて光に向かっていくような。 ——— 本作はMilitary Geniusがプロデュースを手がけています。あなたの作品には以前から彼の名前がよくクレジットされていますが、彼や彼が所属するCrack Cloud周辺とは以前から親交があったのでしょうか?どのような経緯で知り合ったのでしょう。 Military Geniusと私は2015年のハロウィンに、Poisson Noirというという、今はないDIYスペースで出会いました。すぐにクリエイティブなつながりができて、以来彼は私の楽曲のレコーディングとミックスを手伝ってくれています。数年前、彼がCrack Cloudのメンバーに紹介してくれました。 Extract from Eve Adams’s Instagram ——— あなたのインスタもそうですが、アートワークにも使われているモノクロの写真が印象的です。音楽と写真それぞれがお互いをよく表しているように感じます。ご自身で撮影されているようですが、あなたにとって音楽を作ることと写真を撮ることは本質的には同じですか?それともまったく別?また、好きな写真家がいれば教えてください。 ありがとう!ふたつのアートフォームは同じ根源から来ていると思います。あるアイディアは写真やビデオの形を望み、また別のアイディアは音楽の形を望むんだと思います。 ——— いくつかYouToubeにあげているビデオも映画的です。好きな映画や影響を受けた映画はありますか? ありがとう!映画で好きなのは「ブルーベルベット」、「市民ケーン」、「オズの魔法使い」、それと「デッドマン」です。 ——— Scoutはあなたの以前の名義でしょうか。Neil YoungやMichael Hurley、Loretta Lynnがカバーされていました (https://eveadams.bandcamp.com/album/rawhide) 。フォークやカントリーはあなたのルーツのひとつかと思いますが、親が聴いていたりしたのですか? モントリオールに住んでいた時に友達が、映画「アラバマ物語」からScoutというニックネームをつけてくれました。でも、モントリオールを離れた時にその名前は手放しました。 私の両親は私が育つ過程で Tom Waits や Rickie Lee Jones のような、彼らの世代の素晴らしい音楽を教えてくれました。私自身のフォーク音楽への敬愛は、14歳の時にローズボウルのフリーマーケットでボブ・ディランの「時代は変わる」を見つけたことから始まりました。私は完全に彼の音楽の虜になり、部屋の壁に彼の詩を書いたり、全ての曲を暗記したりしました。彼の音楽は若い女性であった私を完全に変え、それにより共感できる多くの詩人や映画監督を見つけることが出来ました。 ——— 普段はどのような音楽を聴いていますか?最近のフェイバリットとオールタイム・フェイバリットをそれぞれいくつでも教えてください。 私は Jelly Roll Morton や、他のラグタイムピアニストの音楽を聞くのが大好きです。 でも、私のオールタイム・フェイバリットは Billie Holiday, Brian Eno, Cab Calloway, Daniel Johnston, Joni Mitchell, Laurie Anderson, The Caretaker, それに Feistです。もし無人島にアルバムを一枚だけ持っていけるなら、The Caretakerの「An Empty Bliss Beyond」を持っていくでしょう。 ——— シンパシーを感じるアーティストやバンドはいますか? 私は Cab Calloway にいつも親近感を感じています。彼の音楽を聴いていると、まるで自分がコンサートの最前列にいるように感じます。いつも彼からデジャヴのような強い感覚を得ます。 ——— 本作があなたにとってはじめてのアナログ・リリースになるかと思います。自分の音楽がレコードでリリースされることは少し特別だったりしますか? ええ、もちろん!夢が叶ったようです。自分の曲をフィジカルで持つことはまるで小さな赤ちゃんを抱いているようでもあります。とても特別に感じます。 ——— コロナウイルスによる脅威が未だに続いています。コロナによって何か価値観に変化はありましたか?変わったこと、変わらなかったことがあればそれぞれ教えてください。 このパンデミックによって、自分がどれだけ人々のことを気にかけているかに気付かされました。世の中がこのような状況になっているのをみていると、とても不安定になります。でも、それへの唯一の対抗策は愛を広げることと、できる限り人を助けることなんだと思います。 ——— 最後に、今後の予定で何か決まっていることがあれば教えてください。 私はいま、次のアルバムと Metal Bird のビデオいくつか制作しています。 Eve Adams 「Metal Bird」 BandcampSpotify カリフォルニア、ロサンゼルスのアーティスト、Eve Adams。彼女の音楽は「密室で繰り広げられる暴力とロマンスが同居したダークなホームドラマ的フォーク・ノワール」と評される。歌詞で描かれている牧歌的な風景と繊細な人物表現には、ミニマルでありながら深い感情を持つ文学的な感性を示している。彼女の風変わりな民話は身近でありながらもシュールで、まるで幻影に取り憑かれたような魅惑的な世界を描いている。Eve Adamsの最新アルバム「Metal Bird」はリスナーを人生の限定的空間から聴覚的な飛行へと誘い、個人的逸話を織り交ぜながら人類の時を超えた重力との戦いを描いた感動的な物語を紡ぎ出す。 Instagram Interview with Eve Adams Interview by Kenichi Ogura ——— I was aware of your presence from before and was interested, although Google doesn’t tell me much about you. So, I am very pleased to be able to interview you on this occasion. At the first, can you introduce yourself briefly? I’m very flattered to be interviewed. So, Thank You! My name is Eve Adams and I’m an artist from California. ——— You are from LA I heard. Do you still live in LA? Yes, I do! ——— When did you start making your music? Also how is it important to you to make music on your own? Is that essential? or you had no choice? I started writing songs in my room around the age of 13. When I moved to Montreal at 18 to study photography, I began to record a lot of my music. Making my last few albums on my own offered me a great amount of healing and space to learn, but I am really excited to branch out on my next album and have more people involved in the production. ——— I was reminded of Julie Cruise’s “Floating Into The Night” when I listened to this album. Sweet, nostalgic, lonely with a slight touch of insanity. Did you have any concept on compiling this work? Thank you! And yes. This album is like a relic of the three years I spent in my own Purgatory. I felt like I was in a state of suspension, like The Hanged Man of the Tarot. Each song is like a poem written on a flight from Hell to Heaven, emerging from the darkness and heading towards the light. ——— Military Genius produces this album and he has been credited to some of your work before. Did you know him and people around Crack Cloud that he is a part of? How did you come across with them? Military Genius and I met on Halloween 2015 at Poisson Noir, a DIY space in Montreal that is no longer around. There was an instant creative connection and he has been instrumental in helping me record and mix my music. He introduced me to the members of Crack Cloud a few years ago. ——— The photography used on artwork is impressive, as well as your instagram. I think your music and the photography represent each other well. You take photography yourself it seems. Is it same for you essentially, to create music and to take photography? or is it totally different? Thank you! I think the two forms stem from the same place. Some ideas just take shape in photographs or videos, and others want to be songs. ——— Some videos that you’ve released on Youtube are quite cinematic. Are there any films you like / are inspired by? Thank you! Some of my favorites are Blue Velvet, Citizen Kane, The Wizard of Oz, and Dead Man. ——— Is “Scout” your previous artist name? Neil Young, Michael Hurley and Loretta Lynn were covered ( https://eveadams.bandcamp.com/album/rawhide )I guess Folk and Country music are one of your musical roots. Do your parents listen to those? My friend nicknamed me Scout when I was living in Montreal, because of the character in To Kill a Mockingbird, but I let that name go when I left that city. My parents introduced me to a lot of great music from their generations when I was growing up, like Tom Waits and Rickie Lee Jones. My own love for folk music was born out of a trip to the Rose Bowl flea market when I was 14, where I came across “The Times They Are A-Changin” by Bob Dylan in a record bin. I became absolutely obsessed with him, writing his lyrics on my bedroom walls, and memorizing all of his songs. His music completely changed me as a young woman and led me to find so many other artists, poets, and filmmakers that resonated with me. ——— What music do you listen to daily? Can you tell us both your recent and all time favorite as many? I love listening to Jelly Roll Morton and other ragtime pianists. But my all time favorite musicians are Billie Holiday, Brian Eno, Cab Calloway, Daniel Johnston, Joni Mitchell, Laurie Anderson, The Caretaker, and Feist. If I had to take an album on a desert island I’d bring An Empty Bliss Beyond This World by The Caretaker. ——— Is there any artist or band you feel sympathy with? I’ve always felt a kinship with Cab Calloway. When I listen to his music it just feels like I’m in the front row at his show. He always gives me this strange feeling of deja-vu. ——— It is your first vinyl release. Do you feel special that your music gets pressed on a vinyl? Oh, of course! It’s a dream come true. Being able to hold all of my songs in a physical form is like holding a little baby. I feel very special. ——— The threat from coronavirus is still ongoing. Are there any changes in your value and beliefs over this crisis? Please, tell us if things have and haven’t changed. This pandemic made me realize how much I care about people. Seeing the world in such a state of crisis has been very destabilizing, but I think the only antidote is to spread love and help others as much as you can. ———At last, what are your plans for the future, if any? I am working on my next album as well as some music videos for Metal Bird.... 50 SONGS OF 20201.Standing On The Corner – Angel フリージャズ、ヒップホップ、ソウル…あらゆる音楽を取り入れながらそのどれとも言い切れない音楽を鳴らすニューヨークのアートコレクティブSOTC。待望のニューリリースはかつてないほどキャッチーでありながらも彼ららしいコラージュ感覚とユーモラスな実験に溢れた最高の一曲。古びたマシンから流れ出したビートは宇宙を泳ぐように揺れながら時には破裂し木霊したりしてメランコリックなサックスと戯れていく、楽曲の雰囲気を見事に視覚化したメルヴィン・ヴァン・ピーブルズ出演の PVも合わせて。 Spotify 2.Tvii Son – Out of Vogue ウクライナはキエフ発、エクスペリメンタル〜エレクトロバンドによるデビュー作から。ダークで硬質なビートと絶妙に力の抜けたLucyのヴォーカルが醸し出すなんとも言えないクールネス。ブリストルとベルリン、その両方のサウンドを独自に昇華したインダストリアル・ダブ。 Spotify 3.Parris – Soft Rocks With Socks bpm100ぐらいで絶妙につんのめるマシンビートを軸にアブストラクトなシンセや打楽器、ユニークなベースがふらふらと現れては消えるダビーハウス。デカイ音でも延々と聴けるオーガニックで繊細な音作りが気持ちいい。今年のParrisはHarajuku GirlsとYureiも素晴らしかった。 Spotify 4.Slauson Malone – Smile #6(see page 198 and 158) ツアー先で手に入れたアコースティックギターを全編にフィーチャーしたEP「Vergangenheitsbewältigung (Crater Speak)」収録。ギターの爪弾きにボイスサンプルがコラージュされていく前半とチープなビートとラップによる後半。実験的なフォーク作品ともヒップホップの異形とも聴こえるメランコリックなサウンドは唯一無二。 Spotify 5.Phew – The Very Ears of Morning エレクトロニクスと声、ヴィンテージなリズムマシンによって構成された傑作「Vertigo KO」のファーストトラック。夜明けの瞬間を永遠に引き伸ばしたような圧倒的に美しいシンセアンビエント、眠気が飛びます。 Spotify 6.King Krule - Underclass リリースは2月。その後の世界を予見するような内向性と乾きの中にある少しのメランコリー。終盤のムーディーなサックスの旋律に彼の新たな表情を感じる。 Spotify 7.Wool & The Pants / Bottom of Tokyo #3 『Wool In The Pool』に収録のNo Wave的ファンクが大胆にリアレンジされた2020年新録曲。Sly Stone、後期CANを連想させるチルアウトなトラックの上で歌われるのは新しい意味を持った「明日街へ出よう」。緊急事態宣言期間中にリリース、印象的なアートワークは東京暮色とフランシス・ベーコンのアトリエのコラージュ。 Spotify 8.Aksak Maboul – C’est Charles ベルギーのアヴァンポップ・レジェンドによる40年ぶりの新作「Figures」。本曲は往年の名作感をまったく感じさせない現代的なサウンドとビートを持った2020年のアートロック。 Spotify 9.Model Home – Faultfinder Throbbing Grisle meets MF Doomとは言い得て妙。今年一番ドープなビートと変調された癖になるライム、アートワークと共鳴するような粒子の荒いサウンドは中毒性かなり高めです。Warp傘下Diciplesからのリリース。 Spotify 10.Pavel Milyakov – Odessian Dub モスクワのテクノ・アーティストButtechnoことPavel Milyakovによる幻想的なアブストラクトダブ。不明瞭な旋律の電子音と重たいビートのコントラスト、真夜中の霧深い街を彷徨い歩くような美しいサウンドスケープ。ウクライナ・オデッサの街に捧げられているらしい。ふらふら歩くには丁度いいサウンドトラック。 Spotify 11.Frank Ocean – Dear April 結局”Dear April””Cayendo”の2曲のみだった2020年のフランク・オーシャン。Acoustic ver.というだけあってシンプルな伴奏のみの楽曲だがフィンガリングノイズにまで徹底されたアンビエンスと圧倒的な歌声、これだけで何にも変え難い凄みがある。 Spotify 12.JPEGMAFIA – living single 90年代アンビエントテクノ的なシンセ、音数の少ないビート、最高のタイトル。あっという間に終わってしまうが、寝るにはまだ早いなと思わせてくれる。 Spotify 13.Puma & The Dolphine – Supermarket ブルガリアの気鋭プロデューサーによる快楽的アフロ・エレクトロニクス。ポコポコしたリズムマシーンとエキゾなウワモノの絡みはまるでカメルーンの伝説Francis Bebay。アルバムタイトルは「Indoor Routine」。 Spotify 14.Pearson Sound,Clara! – Mi Cuerpo PEARSON SOUNDと、スペインのPRR!PRR!コレクティヴのCLARA!による最高のベースチューン。徐々に盛り上がるスペイン語のチャントがやばい脳内フロアキラー。部屋で踊りましょう。 Spotify 15.Playboi Carti – M3tamorphosis 2020年の終わり、待望のリリースとなったCartiのニューアルバムから。90年代メンフィスラップのカセットテープを想起させるざらついた音像が衝撃的。 Spotify 16.Burial,Four Tet,Thom Yorke – Her Revolution 幻想的なピアノループと淡々と脈打つビート、トム・ヨークの歌声がこんなにも伸びやかに感じられるのはいつぶりか。2020年の終わりに届けられた9年ぶりのコラボレーションにして名曲。 Spotify 17.Liv.e – SirLadyMakemFall 「 F.R.A.N.K」(2017)の頃にあったローファイソウルの面影を残しつつ理想的な進化を続けるダラス出身のシンガー Liv.e(読みはリヴ)。オルガルのループとSlyishなビートが身体をゆらすいなせなレディソウル。 Spotify 18.Haim – Los Angels 冒頭のサックスとドラムだけでもう最高。ラップ〜R&B以降のサウンドを当たり前に取り入れながらルーツである70年代西海岸の香りまで漂わせるしなやかなグルーヴと開放感、ヴィンテージなだけじゃない楽器の鳴りも素敵! Spotify 19. Anthony Moore – Stitch in Time 40年の時をこえようやくオフィシャルリリースされた75年のお蔵入りアルバム「OUT」の冒頭曲。イントロの拍からして変だが一聴するとキャッチーなモダンポップにしか聴こえないのがすごい。 Spotify 20.Holy Tongue – Misinai たしかにこれはLiquid Liquid、23skidooあたりが好きな人間は避けては通れない音。トライバルなパーカションとポストパンクの実験精神が邂逅したオルタナティヴダブ。 Spotify 21.Eddie Chacon – Trouble チープな打ち込みとシンセによる自主AOR的なサウンドをアンビエント〜ニューエイジ再評価以降のセンスにまとめあげたのはきっとJohn Carroll kirbyの手腕だろう。「お前は悩みの種を増やすだけ」と繰り返し歌われる頭抱え気味なメロウソウル。 Spotify 22. Adrianne Lenker – zombie girl 都市から離れた山小屋でアナログ機材のみを使い録音されたソロ作。アコースティックギターとか細い声、遠くから聞こえる鳥のさえずり。喧騒から離れた場所で孤独と向き合うことによって生まれたシンプルだからこそ心をうつフォーク作品。 Spotify 23.Ryu Tsuruoka – Omae 横浜生まれのメロウな手口のシンセ歌手(トークボクサー)、ムードにこだわる音楽家。PPUからのリリースとなったシングルは危険な甘さのトークボックス・バラード。アーバンとかメロウとかそういう言葉はここまで艶っぽい音楽にだけ使われるべき。 bandcamp 24.坂本慎太郎 – ツバメの季節に 2020年後半にリリースされたシングル4曲はどれも素晴らしかったが「何年経って元に戻るの?」の歌い出しからはじまる本曲ほどいまの空気をキャプチャーした曲はなかったように思う。 Spotify 25.Moor Mother – Forever Industries A とにかくたくさんのリリースがあった2020年のMoor Mother。サブポップからリリースの本曲はスウェーデンのビートメイカーOlof Melanderとの共作。 Spotify 26.Dirty Projectors – Overlord ギター、ベース、ドラムのシンプルな楽曲に彩りを与えているのは各楽器の鳴りを完璧に捉えたMIXとDPらしい鮮やかなコーラスワーク。懐古的にならざる得ないバンドサウンドが多い中、本曲の独創性は際立って聴こえる。 Spotify 27.Holy Hive – Hypnosis 2020年も素晴らしいリリースを続けたBig Crownから。抑制が効きながらドラムスティックのワンストロークまでもが目の前に浮き上がってくるような、風通しのよいSweet Soul。 Spotify 28.Flanafi – Inner Urge アメリカのAvant PopデュオPulgasのギタリスト、Simon Maltinesによるソロプロジェクト。ディアンジェロ、スライへの偏愛をプログレッシヴな感性でコーティング、この変態性は聴けば聴くほどくせになる。 Spotify 29.NENE – 慈愛 妖怪(!)を題材にした傑作ソロ「夢太郎」からのPV曲、歌い出しはいきなり「おばけが見える」。内面の揺らぎを描写した歌詞とスペイシーなシンセによるスピリチュアルなトラックが新鮮なまさに新境地の一曲。 Spotify 30.Military Genius – L.M.G.D. カナダのポストパンクClack Cloudのメンバーによるソロ。ダークなアンビエントにまみれたアルバムの中では異色のダウンテンポなコールドファンク。 Spotify 31.Jabu,Sunun – Lately Dub ブリストルサウンドを更新し続けるクルーYoung echoのメンバーによる平熱のUKソウル。7inchB面に収録のSununによるとろとろのダヴバージョンが真夏の室内に最適でした。 Spotify 32.DJ CHARI & DJ TATSUKI – JET MODE feat. Tyson, SANTAWORLDVIEW, MonyHorse & ZOT on the WAVE とにかくキャッチーなフロウとビート!一度聞いたらもう「おれらとめられね」って歌ってるしいつの間にか無限リピートして聴いている。 Spotify 33.テニスコーツ – さべつとキャベツ 黄倉未来によるヒプノティックなビートにまず驚かされるが重要なのは何よりそのリリック。「あいつ」への直球の怒りといつのまに自分を侵食していく病気、たくさんのユーモアを交え歌われる気高く美しいテニス流プロテストソング2020。 Minnakikeru 34.NAYANA IZ – WALKING Spotify 35.keiyaA – Way Eye Spotify 36.Tohji – Oreo いま踊れる曲を作ることに対する違和感をSNSで表明していたように新曲は90sテクノを彷彿とさせるアンビエントトラック。Oreoとチェリオがマントラの様にならぶリリックも面白い。 Spotify 37.Jon Bap – Help Spotify 38.Hiiragi Fukuda – Vivian Girl アルバム『Raw-Fi』冒頭曲。無機質なビートとラフなギターの生々しさがいい塩梅で同居したトラックにぼそぼそと呟かれる歌。淫力魔人よ助けて…デカダンな雰囲気とベッドルーム的内向性をあわせもった不思議な魅力。 bandcamp 39.Lizette & Quevin – Talk To Me BrainstoryのKevin Martinと陶芸家のLizetteによる、60-70年代に活動したチカーノ・ソウル・バンド、Sunny & Sunliners のカバー。このカサカサした温かい音像とメロディーは誰もがやられてしまうのではないでしょうか。 Spotify 40.Navy Blue – Ode2MyLove Spotify 41.Lil DMT , Lil N1P – COMO SOY Spotify 42.BLACK NOI$E – The Band (feat.Live.e) Spotify 43.Cindy Lee – Heavy Metal 埃がかったギターのイントロから、壊れかけのオルゴールのようなガールズポップスサウンド。墓場の運動会に流れていそうな音楽。 Spotify 44.石原洋 – formula bandcamp 45.Childish Gambino – 42.26 Spotify 46.redveil – Campbell Spotify 47.John Cale – Lazy Day ガタガタ揺れたリズムと不安を煽るような調子外れな鍵盤がなぜか心地よく、隙間から覗くように現れる対比的なパートと合わせてこの状況下にしっくりきた最高のチルアウト・ソング。ピンクの髪もキュート。 Spotify 48.Vula Viel – My Own Skin Spotify 49.山本精一 – フレア Spotify 50.TOXOBAM – shabby function 狂気のコラージュに忙しないカットアップ、オモチャ箱じゃなくて新宿の裏路地の汚ねえゴミ箱をひっくり返したようなシティ・ミュージック for フリークス。夜に聴くと眠れなくなる。 bandcamp... SEX, DRUG & FEMINISM アーヴィン・ウェルシュ著『トレインスポッティング』“あいつは押さえつけるのと殴るのは同じだ、暴力には違いないって言った。俺はその理屈に納得がいかない。おれはただ、引き留めたかっただけだ。話がしたかっただけだ。レンツにこの話をしたら、キャロルの言うとおりだって意見だった。俺と一緒にいたいかどうか、キャロルには決める自由があるって言う。けど、それだってでたらめだろう。おれは話がしたかっただけなんだから。フランコは俺の味方だった。男と女ってのは理屈じゃない。俺たちはレンツにそう言ってやった”引用元:アーヴィン・ウェルシュ著/池田真紀子訳『トレインスポッティング』 1993年にイギリスで出版されたアーヴィン・ウェルシュによる小説『トレインスポッティング』。1996年にダニー・ボイル監督によるこの小説を原作とした映画が公開。2017年には同監督による映画の続編も公開された。 『トレインスポッティング』と言えばまずはとにかくドラッグ。そして映画における素晴らしいキャスティングや90年代ブリット・ポップのグループが参加しているオリジナル・サウンドトラック。一般的に知られているイメージと言うとこんなところだろうか。 一般的にと言ってそのイメージが間違っているわけでもなく、実際に作中の登場人物達は基本的にドラッグを調達して摂取することに終始右往左往してばかりいる。物語の舞台は1980年代後期イギリスのエディンバラで、20代中頃の薬物中毒者たちが中心の日常系ドラマだ。日常系だけにドラマに大きな起伏はあまりないのだが、この作品の特徴として語りの構造がある。映画では主観による語りは俳優ユアン・マクレガー演じる主人公のマーク・レントンのみだが、小説ではエピソードごとに語り手が変わる。様々な語り手による複数の視点がキャラクターの人間性と関係性に奥行きを生み、一見他愛無いエピソードも常にどこか余韻を残すのだ。 小説は全7章を構成する43本のエピソードが連なりひとつの物語になっていて、映画はそのうちの10本程度のエピソードに映画オリジナルのエピソードを加え再構成したもの。物語の大筋は小説と映画に違いはあまりなく、アンダーワールドの”Born Slippy”が流れる映画のラストシーンも内容自体は小説と変わらない(ちなみにこのシーンにあたる小説でのエピソードタイトルは”Station to Station”で、これはアーヴィン・ウェルシュが最も愛するレコードのタイトルでもある)。 小説と映画の脚本を比較してみると、映画前半までは登場人物の整理や時系列を入れ替えたりといった作劇上の演出はあれど、各エピソード内容は小説にほぼ忠実。映画中盤の折り返しで、マーク・レントンが病院に担ぎ込まれ実家の自室で薬物禁断症状によってバッドトリップするシーンから最後のエピソードまでを映画は小説にはないオリジナルの展開を織り交ぜて進んでいく。 映画内容を俯瞰してみると、世間一般における『トレインスポッティング』のイメージというのは映画の薬物体験シーンの影響が大きいのだろう。それらのシーンが観客の目を引き強く印象に残るのはやはり事実だと思う。 しかし、薬物云々のあれこれをひとまず横に置いてみれば、絶望と希望でがんじがらめになった人間ドラマがひたすら繰り広げられているに過ぎないことがわかる。例えば、他の映画でいうと『If もしも….』(’68/リンゼイ・アンダーソン監督)、『さらば青春の光』(’79/フランク・ロッダム監督)、『ウィズネイルと僕』(’87/ブルース・ロビンソン監督)といった作品と『トレインスポッティング』を並べてみたくなる。または、昨今の欧米コメディ映画やネット配信コメディ・ドラマと並べてもしっくりくる。 『トレインスポッティング』は単にドラッグや音楽をファッションとして扱ったサブカル作品ではなく、普遍的な収まりの悪い人間愛に溢れた作品であって、その根底にあるのはあらゆる個人の尊厳に対するクリアな眼差しだ。そして、それはそのまま著者アーヴィン・ウェルシュによる問題提起になっている。 #1 SEX 上記画像は映画『トレインスポッティング』の宣伝広告で、左から2人目の人物の名前はダイアン。主要キャラクターである他の男4人と違って、小説では登場するエピソードは1つのみというキャラクターだ。さらに、この画像内で彼女と直接の接点があるのは1人だけで、そう知って見るとこの並びのバランスは少し不思議に思える。 ダイアンはマーク・レントンがワンナイトラブを求めて訪れたクラブで出会う女性で、彼はダイアンをひと目見て彼女に特別な感情を覚える。と、これだけなら普通のよくあるボーイ・ミーツ・ガールの展開を予想しそうになるが、『トレインスポッティング』ではそうならない。この話が面白いのは終始ダイアンのペースで物事が進むところで、この2人の関係性において主導権を握っているのが男のレントンではなくダイアンなのだ。レントンを見定め選んで同意をとりセックスの体位を指示し行為を終えた瞬間に去るよう命じるダイアンに対し、レントンはただ戸惑うのみ。なんとか男らしさを取り戻そうと妄想を試みるも、翌朝に衝撃の事実を知ってそれもあっさり砕け散る。ダイアンは15歳ということがわかるのだ。マーク・レントンは26歳。重度のヘロイン中毒者が自分のした事に縮み上がる(イギリスにおける性交渉の法的同意年齢は16歳以上)。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(’19/クエンティン・タランティーノ監督)にもこれと似た状況になりえる場面があったが、こうした描写はただの配慮というものなどではなく、キャラクターと作品に奥行きを与えている。このダイアンの場合にしても、宣伝広告からは添え物ヒロインと思われても不思議ではないけれど、実際はそうではなく、一見ありがちなエピソードが視点の位置が少し変わることで現実社会の歪さが浮かび上がるという、『トレインスポッティング』ならではのエピソードだ。 ところで、映画『トレイスポッティング』には仰向けのままマーク・レントンが床に沈み込んでいく有名なシーンがあるが、それと正反対のシーンがあるのがNetflixオリジナルドラマ『セックス・エデュケーション』で、シーズン1の最終エピソードで主人公が仰向けのまま文字通り天に昇っていく。『セックス・エデュケーション』も『トレイスポッティング』と同じくイギリス作品で、こちらはドラッグではなくセックスをモチーフの中心に繰り広げられる青春群像劇だ。 #2 DRUG 『トレインスポッティング』はドラッグを通して社会の裏側を暴く、といった実録物のような作品ではない。アーヴィン・ウェルシュはドラッグを取り巻く人間模様を描くことで、今を生きる個人が抱える閉塞感や抑圧感といったものを映し出す。また、ドラッグに限らず、性暴力、性差別、人種差別や階級格差といったものから男の嫉妬…、といった社会では無いとされる様々なものを言語によって可視化する。 もし、ドラッグに纏わる社会的イメージを強く持ったままの頭でこの作品を捉えようとすると、こうした点が見えにくくなるかもしれない。確かに、映画で登場人物がヘロインの摂取及びトリップする数々のシーンは怖いもの見たさの欲望を満たすのに良く出来た見世物になっていて、その点は素晴らしい。そして、フランシス・ベーコンの絵画を色彩設計の参考にしたというヴィジュアル・イメージも独特の不穏な世界観を表現することに成功している。それだけに、そういったある意味表面的な事象に隠れてしまって、原作の小説で描かれていることが見落とされがちのように思う。宣伝のポップな展開と話題性が相まって、一括りにドラッグ関連の話、といった曖昧な作品像に留まっている原因のように思う。しかし、漫画『スキップとローファー』のジャンキー版とでも言いたくなるくらいに、人間と人間の関係性が常に水平な目線で描かれているコメディドラマが『トレインスポッティング』なのだ。 あえて一括りにドラッグ関連ということで連想してみると、『仁義の墓場』(’75/深作欣二監督)のヘロインが増幅するドローン感と焦燥感を体現する渡哲也、芹明香、田中邦衛の不気味なまでの凄みが忘れられない。 #3 FEMINISM “いったいどうして怒ってる? 「月のものの最中だから」という陳腐な答えが頭に浮かびかけたが、バーにあふれる笑い声に違和感を覚えて店内を見回した。それは、ただおかしくて笑ってる声ではなかった。リンチに加担する暴徒の笑い声。こんなこと、予想しろって言うほうが無理だーーー レントンは思った。わかってたらやらなかったよ”引用元:アーヴィン・ウェルシュ著/池田真紀子訳『トレインスポッティング』 次の2つのツイートはアーヴィン・ウェルシュ本人のもの。 I’m convinced more than ever that feminism is not a post-revolutionary luxury, but represents humanity’s last opportunity for salvation.— Irvine Welsh (@IrvineWelsh) July 7, 2014 Have always taken an interest in feminism. Why wouldn’t I take an interest in something that effects half of humanity directly and the other half indirectly? https://t.co/Cxv9aEGh1r— Irvine Welsh (@IrvineWelsh) March 8, 2020 著書である『トレインスポッティング』やその続編『ポルノ』を読むと、この発言が特に突発的なものではないことがわかる。そもそも、走ったり飛んだり沈み込んだりと何かと大忙しなイメージの主人公マーク・レントンだが、小説では性差別的な発言をする仲間を軽蔑し、時には諌めようとする人間なのだ。大抵、友人であるシック・ボーイの屁理屈にやりこめられるのだが。また、別の仲間からはマスキュリニティお決まりの侮蔑表現として”男娼”呼ばわりをされたりしていて、もし男性によるホモソーシャルの為の教科書のようなものがあれば、その例文にぴったりのエピソードで満載だ。 映画ではこうした点の反映はレントンのキャラクター造形の雰囲気だけに留まり、具体的なエピソードとしては語られない。その意味で映画続編の『T2』(’17/ダニー・ボイル監督)は正しく前作映画の延長線上にある作品と言える。というのも、映画『T2』は小説『トレインスポッティング』の続編『ポルノ』が基本的なストーリーの骨子になってはいるのだが、前作映画にあったダイアンのようなエピソードはなくなっていて、映画としてはホモソーシャルの悲哀と黄昏といった感じの作品になっている。 現実ではホモソーシャルの網から抜け出すというのは到底不可能な事に思える、というのが個人的な今の正直な気持ちだ。それだけに『トレインスポッティング』一作目のラストシーンは、ふいに清々しい気持ちを一瞬でも感じさせてくれるものだった。一作目でホモソーシャルから抜け出ることに成功したレントンは、続編『ポルノ』でもやはり向こう側に抜け出るのだが、小説とは異なるラストシーンの映画『T2』におけるレントンに解放感はなく、もがいているように見えてしまった。 『トレインスポッティング』の主人公はそれまでのがんじがらめでいた世界から抜け出て外へ向かう。映画『お嬢さん』(’16/パク・チャヌク監督)もアート的な背徳感とエンタメ的なサスペンス要素が同居した作品で、やはり主人公が新天地を目指す仄かに明るいエンディングで映画が終わる。こちらも小説を原作にしている作品だ。 “新聞紙の上にうんちをするのは大変だった。トイレはほんとせまくて、かがむのも一苦労だから。それにグラハムが何か怒鳴ってた。ゆるいうんちをどうにか少し取った。それを生クリームと混ぜてミキサーにかけ、できあかったものをチョコレート・ソースと合わせてソースパンで温める。その特製ソースをデザートのプロフィトロールにかけた。おいしそう。上出来だわ!”引用元:アーヴィン・ウェルシュ著/池田真紀子訳『トレインスポッティング』... 舐達麻 ─ 燻らす息吹に巻かれてきたぜ、また書かせてもらえる時が!と言っても今回は私が今まで色々なアーティスト聴いてきた中で果たしてここまでハマったアーティストはいたか…否!なアーティストについて書かせて頂きます。敬称略させて頂きますのでご理解のほど何卒。 まずはそのアーティストなんですが「舐達麻」です。そりゃもうすごい聴いてます。そんな方今ごまんといると思いますが負けないくらい聴いてます。はい。スマホのユーザー辞書で「な」って打てば出るように設定してます。あと、ミー文字とかいう自分で作れる絵文字?みたいので3人とも作ってあります。はい。 よくわかんないアピールは置いといて、さっそく。まず初めて知ったのはその時働いていたとこにいた大学生からなんですが(この子がすごい詳しいの。本当尊敬してる)なんとなしに「最近おすすめ誰かいる?」って聴いてみたら「これです!」って言ってみせられたのこれでした。 その時の衝撃ったらなかったなぁ。ということで、そこからなんでハマっていったか今から書いてくね!まず3人の声。私の中でラッパーの声って好きかそうじゃないかを判断する大部分を占めています。だからオートチューン、ダメ、ゼッタイ!って思ってました。最近まで。今はそんなことないけど使ってないアーティストの方が惹かれますね。だってラッパーは個性出してこそでしょ?声こそ個性を出す武器の1つなのにあれ使っちゃうと良くも悪くも差が無くなっちゃうのが勿体ないと思ってしまうんですよね…あくまで個人的見解ですが。オートチューンの話はまたどこかの飲み屋で管巻くとして話を舐達麻へ。 まずBADSAIKUSH。ただのハスキー声とも鼻息荒いアノお方のような声とも違う声。あれこそ武器になる声なんだよなぁ。DELTA 9 KIDの声は歯切れの良いちょい高い声で聴いていて耳心地良いし歯切れが良い分リズミカルに聴こえるから惹きつけられます。G PLANTSもちょっと高いんだけど気だるさもあって良い。曲のHOOKを歌うことも多いですが、キャラが立ってるから中毒性のあるHOOKに仕上がってて良いんですよね、これが。それぞれが唯一無二で聴いたらすぐわかる声を持っているし、尚且つそれぞれがそれぞれを邪魔してないから聴いてて違和感もない。その3人が合わさってるんだからそりゃね、もうね、ね?良くないわけないんですよ。おすすめなのが”ENDLESS ROLL”のHOOK。珍しく同じリリックを3人で回して歌うんですが同じだからこそ特徴がしっかり感じとれるので是非。 そして、ビート。このビートもその曲を判断するための重要な要素なんですがこれもまた良いものを提供してくれてるなぁと。はじめにGREEN ASSASSIN DOLLAR。彼のことは恥ずかしながら”Flotin’ “で知ったのですが、ただただツボでした。普段R&Bも好きでよく聴いていて綺麗な曲に惹かれる習性があるんですがまさにでした。今でこそLo-fiって言葉が出てきてムーヴメントの1つになってきています。彼の曲も恐らくそれにカテゴライズされてしまうんでしょうけど、そことは一線を画す魅力があります。BADSAIKUSHのインタビューでもビート選びが重要で拘っていると仰っていました。好きなアーティストにNUJABESをあげていましたが、GREEN ASSASSIN DOLLARは俺の中で(NUJABESを)超えているとも仰っていて、もの凄い信頼関係だなって。自分が好きなアーティストって孤高の存在だったりすると思うんですが、そう言えるってことはお互いの揺るがない関係性があるからこそだと思うんですよね。こういうのってそうあることじゃないので、縁ってあるんだなぁとしみじみ思いました。またビート・アルバムをコンスタントにリリースなさっていて私もFLYING LOTUSの”YOU’RE DEAD!”以来のビート・アルバムとして聴いてます。声のサンプリングの仕方とか好きで先述通りR&Bに近いというか、聴いてて気分上がります。 そして、なんと言っても2020年7月にリリースされた最新シングル。 この曲もまた今までとは違った雰囲気を持ったビートで、歌もののサンプルが効いていてそれぞれのメンバーが思い馳せているようでどこか切なく、それでいて力強さも持っているので聴いた瞬間から耳もってかれてます。「違法大麻不法所持してる肌身離さず」だって。ここのリズム感好き。リリースされてからひたすら聴いてる毎日。 次に7SEEDS。DJ BUNとKIC.(KICK DA FRESH)の2人での名義ですが、私が知ったのはこの曲でした。 好きな曲の1つなんですが、BADSAIKUSHの有名なパンチラインがあるのもこの曲ですね。でも魅力はそれだけではなく散々話題になっている元ネタもその1つ。未だに何が使われているかわかっておらず逆再生で使っている(?)ことがわかっているくらい。でも、私が思うにわかったところでそのネタのベストな使い方はこの曲で正解を出してると思うんですよ。だからこそこんなに話題になるわけだし。これに限って言えば同ネタ使うのってかなりハードルが高い気がするなぁ。なのでこのビートメイク・センスに脱帽して謎のままでいいんじゃないかなって思います。歌もののサンプリング最高!KIC.も動画サイトに2曲ほど音源がアップされていますが、こちらもビートにギターの生音が合わさった曲で特に”én”が好きです。というかどっちも相当良いです。もちろん、DJ BUN名義、7SEEDS名義でアルバムもリリースなさっていて、これももれなく最高です。 そして音の殺し屋SAC。この方の曲で1番好きなのがこれ。 あのSCARSを支えているだけあって、もう最高です。出だしからやられてます。こんなに夏の終わりのような寂しい雰囲気なのに舐達麻のリリックが乗ると全然違うように感じます。前を見据えて俺らの先は明るいと言うBADSAIKUSH。ただ息をするだけで終わるなんて虚しいと言うDELTA 9 KID。限界なく満開に咲くことを歌うG PLANTS(ヴァースの始まり方が好きすぎて…夏)3人の言葉が強いので寂しいだけではない立ち止まらず前に向かっていく名曲だと思っています。この曲のフィジカルがないので7インチ・レコードでもCDシングルでもどんな形でも良いので待ち望んでる今日この頃の私です。是非お願いしまーーーす!(いきなりのサマーウォーズ風で。) 最後にNAICHOPLAW。APHRODITE GANG所属のビート・メーカーです。 他のビート・メーカーとはちょっと違う危うさと言うか妖しさがあると思います。私が彼の作った曲で好きな曲は”POT HEAD”です。ピアノのループが綺麗でシンプルだけど印象的な曲だなぁと。G PLANTSの有名なパンチラインもこの曲ですね。というか、この曲パンチラインの応酬というか個人的に耳に残る言葉が多いです。D BUBBLESのヴァースの始まり方だったり、DELTA 9 KIDの「癖になる」からの「アムステルダム」のリズミカルな言い方だったり。1stアルバムには契とかESTETIKAとか人気曲もありますが中でも特に聴いてる曲はこれです。 ということで、長くなりましたが個人的舐達麻の魅力の1つ、ビートでした。SACは別としても彼らのレーベルAPHRODITE GANGにこれだけ格好良いビート・メーカーがいるってことが良いですよね。しかもお互いに刺激し合って高め合っているのが曲からも伺えて、その「より良いものを作ることへの妥協の無さ」が様々な人を魅了することへと繋がっているんでしょう。 そして音楽に対する姿勢。インタビューでも2019年の12月に行なったライブの際にもBADSAIKUSHは芸術をすることへの自身の考えを仰っていました。誰でも何かを作ることをした方がいい、と。自分の精神状態を絵を描くとか詩を書くという何かを作り出すという形で吐き出すことによって人として成長することに繋がっていく。上手くいくことなんて滅多になくてスランプな時がほとんどだけど、それを基本のこととしてそれでも自分が納得するまで続けていく。このことを自身の身をもって体現していく彼らの真っ直ぐな姿勢こそ人を魅了する力なんだと思いました。ちなみにそのライブを観に行かせて頂きましたが、多分終始瞬きなんてしてないと思うな。それぐらい脳裏に焼き付けときました。一部ですが、ちょうどそのMCもありますので、こちらも是非。 リリックの内容や生い立ち、結成のきっかけなどはインタビュー記事を読んで頂ければ。むしろ読んで頂きたい!なんだかんだ言っても本人たちの言葉が1番なのでここでは書かないことにします。 最後に、これは要望というか切望というか願いですが、D BUBBLESの復活を是非とも。もちろん今の3人でも充分に曲の内容的にもビジュアル的にも仕上がってきているのは重々承知の上ですが、1stアルバムを聴いていると、もしD BUBBLESが今再加入して、GADや7SEEDSのビートで4人でマイクリレーしたら…とか考えるとワクワクしません?なぜって?D BUBBLESって言葉の乗せ方も上手ですしパンチラインとかかなりあると思うんですよね。個人的に。思いません?どう?だめ?状況が状況ですし本人たちにしか知り得ないことなので外野がどうのこうの言ったところで簡単にはいかないことだとはわかっています。でも、いつの日か4人でのマイクリレーをライブや音源で聴ける日をただのファンとして楽しみにしています。もし4人になったら…考えるだけでニヤニヤが。 本当に最後は好きなリリックでお別れ。 Ladies & Gentleman お待ちかね聞き逃すな これが噂のあれ点と線繋ぐも行方は不明煙のよう 残る匂いだけ... Interview with Wool & The Pantsインタビュー、テキスト :村瀬翔 2019年ワシントンD.C.のインディ・レーベル“PPU”からリリースの1stアルバム『Wool In The Pool』が P-VINE から CD としてリリースされた。もはやこんな枕詞は不要かもしれないが坂本慎太郎の2019年ベストディスクのひとつに選ばれ ele-king の年間ベストランキングでは2位という高評価を得た本作、ソウル / ファンクを基盤としながらも Trap や Down Tempo / Leftfield まで通過した現代的なジャンル解釈とオルタナティヴな音楽性は「インディ」や「アンダーグラウンド」という言葉が形骸化した日本音楽シーンのなかで一際異才を放つ素晴らしい作品だ。 “Bottom Of Tokyo” や “Just Like A Baby Pt.3” で聴けるクールなファンクネスとミニマリズム、ホルガ―・シューカイが2019年にトラップに興じたような “Wool In The Pool”、じゃがたら “でも・デモ・DEMO” のリリックに新たな解釈を浮かび上がらせた “Edo Akemi”、最終曲 “I’ve Got Soul”は乾いた裏拍のギターに Sun Ra が鍵盤を添えたかのようなあまりに甘美なダブ。ソウル、ヒップホップ、ポストパンク、ダブ… 様々なジャンルの影響を感じさせながらも、そのどれとも似つかないオリジナルなサウンドをデビュー作ながら既に獲得している。 原体験としてのヒップホップから Sly & The Family Stone に始まり、CAN、じゃがたら、SAKANA、Standing On The Corner、Frank Ocean、Suicide、Albert Ayler に Giuseppi Logan、さらには Robbie Robertson から戸張大輔まで登場する以下の対話をもってしても彼らの音楽の底に流れるなにかはつかむことは出来ない。でもだからこそ、そのなにかに触れようとするだれかの手がかりになる事を期待して、ヴォーカルとすべての楽曲を手掛ける徳茂悠に話を聞いた。 Wool & The Pants東京を拠点に活動する、德茂悠 (gt/vo)、榎田賢人 (ba)、中込明仁 (dr) による3人組。2019年ワシントン D.C. のレコードレーベル PPU (Peoples Potential Unlimited)よりデビュー LP をリリース。 Wool & The Pants のデビュー作はワシントンD.C.の名門レーベル “PPU” によって発見された。アメリカのオブスキュアなブギーからエストニアのシンセファンクまで発掘し、熱心なディガー達から絶大な信頼を集めるレーベルから日本の現行アーティストの作品がリリースされたことはそれだけでも大きな事件だった。そのリリースの経緯はどのようなものだったのだろうか。 ——— はじめに今作の経緯を聞かせて欲しいんですけど、そもそも一年前ぐらいは 1st アルバムじゃないっていう認識でしたよね。 徳茂:そうですね。でもどっちでも大丈夫です。 ——— 収録曲に関しては基本的に PPU 側がコンパイルしたんですか? 徳茂:全曲送って欲しいって言われたので全曲送って、その中からPPUが選びました。最初に収録曲が送られてきた時は、正直微妙でしたね。この曲入れるんだ、みたいな。 ——— 曲順に関しては要望は出したんですか。 徳茂:伝えました。この曲じゃなくて別の曲を使って欲しいとか。採用されませんでしたけど(笑) ——— じゃあ、ある程度 PPU の意向が採用された形なんですね。 徳茂:そうです。それで収録曲が決まった後に PPU のサイトに1分くらいのティーザーというか試聴サンプルがあがって、それを聴いたら意外といいぞって。MIX もいいし。 ——— MIX はすごい良いですよね。バンドで録音されてる曲と宅録の曲が違和感なくアルバムとしてちゃんと並んでいて。 徳茂:違和感なくつながってて驚きました。アルバムとか意識せずに一曲ずつ作ってたので、それを PPU が良い感じに一つの作品にまとめてくれたのはありがたかったですね。 ——— じゃあ、PPU のコンパイル力はやはりすごかったんですね。 徳茂:そうですね。自分で選曲してたらこういう感じにはなってなかったと思います。曲を作ってた時は、やりたいことが全然出来てないって思ってたんですけど、できてないものが集積して別のものが出来てたっていうか(笑)それに気づくきっかけになったと思います。 ——— 曲順に関しては特に重要に思えるのが最後の2曲 “Edo Akemi “ と “I’ve Got Soul” ですよね。 徳茂:この2曲は自分も入れるつもりでした。 ——— あの2曲で終わらせようと思ってました? 徳茂:曲順までは考えてなかったです。でも “Bottom Of Tokyo” はあんま入れたくなかったですね。カセットの2曲目に “Bottom Of Tokyo” のデモが入ってるんですけど、そっちの方がいいと思ってました。でも完成したアルバムを通して聴くと、流れ的に入れて良かったのかなって今は思います。 ——— ファーストアルバムという認識でないというのは、すごく長いスパンで録音されたものが一作にコンパイルされている事も関係しているんですよね? 徳茂:大学生の時に録ったものも入ってますし、これが1stアルバムっていうほど計画的に作ってないんですよね。けど別に1stアルバムって言ってもらっても大丈夫です。 ——— “Wool In The Pool” は入れたかったですか。 徳茂:そうですね。あの曲は Frank Ocean の “Provider” が出たころに作ったんですけど、それに近い雰囲気の曲を作りたくて。全然なってないですけど(笑)“Edo Akemi” はもうちょっと前に作りましたね。 ——— あの曲もそんなに古いんだ。 徳茂:古いです。“I’ve Got Soul” と “Edo Akemi” は同じ時期ですね。この2曲はダブっぽいとか言われますけど、あの頃はそんなにダブにハマってなかったし、どっちかっていうとエスノっぽい感じを意識してた気がします。 No Wave的なコールドファンク“Bottom Of Tokyo”で幕を開けるA面は「林マキ / それだけのこと」をサンプリングしたインスト”Soredake”で終わり、レコードを裏がえすとドープなシンセ音と共にトラップ風の “Wool In The Pool” が流れ出す。『Wool In The Pool』の収録曲からは様々な音楽の要素を感じることは出来るが、そのリファレンスは白いスモークの中にまみれ分かりやすさを拒否するかの様に漂っている。そのオリジナリティは一聴した途端に影響源が露わになる数多のソウル系バンドとは一線を画すものだ。彼らは様々なジャンルやアーティストに影響を受けながらもそこには独自の解釈とアプロ―チがある。最大のルーツであるヒップホップとアルバム収録曲の話題はメンフィスラップのカセットテープから SAKANA の作品にまで及んだ。 ——— Wool & The Pants の音楽はいろいろな影響を感じるんですけど、「この曲のインスピレーションは多分これなんだろうな」っていう分かりやすい参照点を持った楽曲はそんなにないですよね。 徳茂:ないですね。そういうことはしてないので。 ——— ひとつ大きな影響としてスライ( Sly Stone )はあるんだろうけど、かと言ってこの曲すごいスライだなって曲も実はほとんどない。 徳茂:スライはかなり好きなので影響は受けてますけど、あくまで音の触りとか声の距離を参考にしているだけで、曲の構造とかは真似してないですね。 ——— 影響源にスライもあればCANもあって….。 でもCANの中の隅っこの部分というか、ニュアンスの部分を汲み取りたいという風に感じ取れますが、そういう感覚はありますか。 徳茂:どれも部分部分で影響を受けてるって感じです。一番はヒップホップですけど。 ——— ではその德茂さんの一番重要な原体験、音楽的なルーツとしてのヒップホップ、それのどういった部分から最も影響を受けたんでしょう? 徳茂:マインドですかね。そもそも楽器の素人が人の曲をサンプリングして自分の曲にしたとこから始まってるじゃないですか。それであんなドヤ顔でジャケ写撮って(笑)そういうマインドからの影響はあります。その時の自分ができる範囲でかっこいい曲を作るっていう。思いつき先行で。ヒップホップに限らず、突然ダンボールとか Der Plan とか Suicide とか面白い音楽やってる人たちってそんな感じですよね。 ——— たしかに Suicide なんてまさにそうですよね。 徳茂:そういうマインドで僕もいきなり機材買って、何も分からない状態で色々やってみてたので。 ——— そういう DIY というか独学みたいなやり方で自分なりにやれることが増えていって、更新されていく。試行錯誤してやっていくなかで、ほんとは正しくないやり方で覚えたりとか、そういうことが作る音楽に影響しているってことはあると思いますか? 徳茂:影響してると思います。ギターに関しても基本は短音で弾いてて、あとは自分で見つけたコードしか弾いてないです。なので、その音のコードなら別にちゃんとした抑え方があるとか言われますけど、ちゃんと音出てるしいいかみたいな。 ——— 職業作曲家とは真逆のポジションですね。 徳茂:そうですね。頼まれてもうまく作れそうにないので。音楽で飯を食うのは難しそうですね。 ——— 少しアルバムの収録曲について聞かせてもってもいいですか。まずは話す機会も多いとは思いますが “Bottom Of Tokyo” について。 徳茂:“Bottom Of Tokyo” は大学のころに書いた曲ですね。もともとはもうちょっとメロディが普通の歌ものっぽい感じでした。いまの編曲が出来たのは2016年くらいだったと思います。 ——— でもあの曲は何バージョンもありますよね。 徳茂:かなりありますね。 ——— ちょっと前に配信になった “Bottom Of Tokyo #3” が3バージョン目ですか?シングルバージョンとテープに収録されたものと。 徳茂:一応録音してあるのは。だけどバンドでやってるのはもっと色んなバージョンがあります。 ——— 最近では Wool & The Pants の代名詞的な曲になりつつありますけどバンドを象徴する様なサウンドの曲ではないですよね。 徳茂:そうですね。ああいう No Wave / ポストパンク的な曲はあれぐらいしかないんで。 ——— アルバムを通して聴くとたしかに異質な曲ですよね。1曲目にしか入りえないというか。 徳茂:他の曲からあの曲に繋ぐのは難しそうですね。ライヴだと中盤にやったりしてますけど。 ——— 最終曲 “I’ve Got Soul” はどうですか? Wool & The Pants はダブからの影響について言われることもありますけどあの曲はかなりかわったタイプのダブですよね。ギターは裏ではいってくるんだけど普通のレゲエみたいにはのれないしエフェクトがあるわけでもないし。 徳茂:鍵盤が表に入ってるから、変な感じがするんじゃないですかね。 あれは最初エスノなファンクみたいなのを意識してて、そこに坂本龍一の“千のナイフ”みたいな鍵盤を入れたイメージで作ったはずです。 ——— バンド編成のライブでこの曲を演奏しているのを観たことはあるんですが。 徳茂:やってますね。もともと鍵盤は入ってなかったんですけど、なんか面白くなかったので、あとから鍵盤とギターソロを加えて今のかたちになりました。 ——— じゃあ Young Marble Giants のジャズファンクバージョンといわれた “Just Like A Baby Pt.3” はどうでしょう。 徳茂:この曲は、SAKANA の『夏』ってアルバムにジープって曲があって、ギターでベースラインを弾いてるんですよね。その曲の影響が結構ありますね。あとはテレヴィジョンがツインギターでやってる感じをギターとベースでやってみたかったんです。 ——— アルバムに入れたかったと言っていた “Wool In The Pool” はどうでうすか。あまり語られていない曲のようにも感じますけど。 徳茂:この曲は、さっきも少し話しましたけど Frank Oceanの “Provider” に触発されつつ、メンフィスラップのカセットに収録してそうな感じをイメージして作りました。PPUの人にはララージっぽいって言われましたけど。一応トラップぽいビートにしたつもりです。 彼らのライブを見たことがある人なら周知のことかもしれないが Wool & The Pants のライブは極端にシンプルでミニマルだ。ギターとベースとドラムと声、そのどれにもエフェクトはなく足元には何の機材も置かれていない。音源でリリースされている曲もほぼすべての楽曲が別アレンジで演奏される。そんな彼らのライブにおける影響について聞いてみると音源からは想像が出来ないアーティストの名前も聞くことが出来た。 ——— ライブについて少し聞かせてください。Wool & The Pants は音源とライブは完全に別物ですよね。 徳茂さんの中で音源とは別にバンド編成のライブに影響を与えてるものってなにかありますか? 徳茂:Duke Ellington の『Money Jungle』は3人編成ってとこも含めて影響受けてます。全然違いますけど。いつかあんな感じにやれたらいいなって思います。 ——— あのバンドサウンドに影響受けて最終到達点にしたいというのは、アンサンブルとして3人それぞれの別のことをやってるように聴こえるけどグルーヴが生まれる感じというか…. 徳茂:バランスがいいですよね。アヴァンギャルドになりすぎない、ギリギリ崩壊しないグルーヴで、かつポップでスイングしてる感じがいいなって。楽器は違いますけど僕らと同じ3ピースだし、こういうタイトなグルーヴに惹かれます。 ——— 以前、工藤冬里さんのギターソロの話をした時も同じような話になりましたよね。 徳茂:工藤冬里さんのギターは Giuseppi Logan のサックスっぽいですよね、見た目の雰囲気も含めてローガンっぽいですし。 ——— 工藤礼子『夜の稲』の1曲目、あのギターソロはびっくりしました。 徳茂:一番好きなギターソロかもしれないですね。あの合わせるところと外すところの塩梅が絶妙で。アイラーだともっと外しますよね。Giuseppi Logan 的だと思います。ギターだとあとは、Robbie Robertson の “King Harvest (Altermate Performanceの方)” の最後のギターソロは好きですね。The Bandの2ndはヒップホップっぽくて好きです。 ——— The Band を聴いてヒップホップみたいだっていうのもなかなか面白いですよね。 徳茂:でも結構いると思いますけどね。よくサンプリングされてますし。2ndに一時期凄いハマりました。Garth Hudson の鍵盤もあんまり前に出てこないから、ほぼギター、ベース、ドラム、歌って感じで。影響受けましたね。 ——— ライブに関して面白いのはほぼ全ての曲がまったく別のアレンジで演奏されてるってのもすごいですよね。 徳茂:“Bottom Of Tokyo” 以外は全部違いますね。 ——— 音源を聴いてライブに来た人はほとんど知らない曲っていう。でも歌詞を聴いたら「あっこの曲だったんだ」ってなる。 徳茂:そうですね。でも、音源とライヴでは聴かれる環境が違うので、編曲が変わるのはそんなに珍しいことじゃないと思います。 『Wool In The Pool』のオリジナリティ溢れるサウンドはそれだけでも十分にキラーだが、この作品をより際立たせているのはきっと特徴的な日本語のフロウとヴォーカル、そしてリリックだろう。自分の声を嫌いと彼は話すがそのコンプレックスは自分の声を生かすサウンドを見つけ出すことやヒップホップへの回帰によって少しずつ解消されているようだ。スライの『暴動』はあの声とあのサウンドだからこその面白さがあり、細野晴臣の作品群も同様にどちらかだけでは生まれ得ない魅力がある。 ——— Wool & The Pants はリリックもすごく面白いんですけどその言葉の乗せ方がとても特徴的ですよね。坂本慎太郎さんが JET SET 年間ベストの記事でそれについて言及していて、そういえばこれまで意外と誰も指摘してなかったことだなと思いました。 徳茂:歌い方に関してもヒップホップの影響が大きいと思います。歌がうまくないやつでも自分の声をいかした言葉のはめ方ができればいいっていうか。 ——— 細野さんの音楽を参照するバンドはたくさんいるけどあの声とフロウが一体となった時の感じは誰も到達出来てない気はしますよね。 徳茂:細野さんの声は羨ましいですよね。ふくよかな低音で、スッと耳に入ってくるじゃないですか。僕の声は低音というよりはこもってるだけで、聞き取りづらいのでかなり嫌でしたね。けどラッパーにはこもった感じの声の人多いなって気付いて、Method Manに救われましたね。「こもってる」感じの声って、ヒップホップ的には「スモーキー」とか「ドープ」とか良い意味に変わってくるじゃないですか。だから歌い手としてはいい声じゃないけど、 “イル” なんじゃないかって(笑) ——— ではそのヴォーカルに対するコンプレックスみたいなものから自分の声をそんな風にプラスに捉えられる様になったのは何かきっかけがあったんですか? 徳茂:当時のバイト先の先輩がライブ観に来てくれて、終わったあとに「戸張大輔に声似てる」って言われたんですよ。戸張大輔に似てるなら色々やりようあるかもって思ったんですけど、しばらくして全然似てねぇって気付いて(笑)あの人って歌めちゃくちゃ上手いですよね、声のこもった感じもたぶん録音環境によるもので、低音ですけど通る声だと思うんですよ。 ——— 戸張大輔は地声がこもってるわけじゃないんですよね。 徳茂:たぶんそうだと思います。あの人も細野さんと一緒で低くてふくよかな声で。それにめちゃくちゃ歌が上手いじゃないですか。井上陽水に歌い方が似てると思うんですよね。だから僕とは全然違いますね。 ——— ライターの松永さんもなにかで言ってましたよね。 徳茂:3年くらい前、ライブを観にきてくれた時に言ってましたね。あの時は声にディレイをかけられてたので、それでだと思います。けどあの頃にはもう今に近い感じの歌い方になってましたね。『暴動』の頃のスライに影響受けた感じの。声の距離が近くて、低い声で歌う感じに。 ——— そのマイクの近さというか、声の距離みたいな点で一番最初に意識したのは何だったんですか? 徳茂:ヒップホップ以外だと、マッシブアタックの曲に参加してたホープ・サンドヴァルの声ですかね。 ——— それはどの作品の時の? 徳茂:『Heligolando』に入ってる “Paradice Circus” って曲です。18〜19歳くらいの頃に聴いてうわってなりましたね。一切加工されてない声がめちゃくちゃ近いとこで鳴ってて。 Warm Inventions も聴いたんですけどちょっと違うんですよ。遠いし加工されちゃってて。マッシブアタックってやっぱ声の録音にはかなりこだわってるんだと思います。毎回色んなゲスト呼ぶじゃないですか。それぞれの声がベストになるようにミックス/マスタリングしてるんだと思います。 ——— かなり加工してるものも多いですよね。 徳茂:結構ボーカルに空間系のエフェクトかけたりしてますよね。けどあの曲は一切加工されてなくて、耳元で歌われているような感じで。自分の曲でも声の距離は結構気にしてますね。多少キーが外れてても声の感触が良ければOKって感じで。マッシブアタック以外だとスライの “Just Like A Baby” とか。King Krule も一番好きなのは 弾き語りの方の “Perfect Miserable” ですね。 ——— それはソノシート(最新作『Man Alive!』に付属)収録されていた方のバージョン? 徳茂:そうです。『Hey World!』ってショートムービーでこの曲を歌ってるシーンがあるんですけど、めちゃくちゃいいですね。最近だと Caleb Giles の “Wondering” も好きです。向こうのラッパーってそういうの分かってる人多いですよね。Travis Scott もそうだし、A$AP Rocky も Earl Sweatshirts もそうですよね。ラッパーってそこがかなり重要だと思うので、声のバランスは歌う人よりうまいんじゃないですかね。 ———— ヴォーカルというか声に関していえば例えばジョン・レノンも自分の声が大嫌いだったみたいな逸話が多く残ってるじゃないですか。 徳茂:らしいですね。ソロだと大体加工されてますもんね。僕はジョン・レノンの声好きですけど。基本的にイヤホンとかヘッドホンで聴いたときに、いい感じに聴こえる声が好きですね。 ——— スピーカーでは聴かないんですか? 徳茂:スピーカーで聴くことはほぼないです。それだといま話してたようなタイプの曲は、良さが半減しちゃうので。自分の曲を作る時も、最後までアウトプットで確認しないでマスタリングまで終わらせてます。ていうかそもそもモニタースピーカー持ってないんです。 ——— なるほど。徳茂さんが影響を受けてる音楽って、バンドというかグループが極端に少ないじゃないですか。ロックもあったとしてほとんどソロで、それはなんでなんだろうって思ってたんですけど、声の録音やヴォーカルの話を聴いてるとなんとなくわかった気がしますね。 徳茂:ソロだと声の比重が大きいですよね。バンドだと各楽器の出番を作ったりするじゃないですか。 ——— それっていうのは表現としてパーソナルなもののほうが好きってことなんですかね。 徳茂:そうですね。こういう声の距離とか音質のものって結果としてパーソナルなものが多い気がします。 ——— リリックに関してなんですが Wool & The Pants の歌詞は内向的なものが多いんだけれど、ただただ内側に向かう訳ではなくて外の世界への視線を感じるものが多いですよね。 徳茂:内向的だとは思ってないですけど、内面を書いてる曲は多いですね。でも内面には外の状況が影響してるはずなんで、どっちって事もないと思います。歌詞に関しては、本の影響ですね。宇野浩二とかアリス・マンローとかミシェル・ウエルベックとか好きです。 ——— 徳茂さんが影響を受けている日本の音楽、じゃがたら、SAKANA、ECD… その辺の日本の音楽からはリリックの面でも影響は受けてるんですか。 徳茂:リリックは影響受けてないですね。歌詞を書く時はあんま考えすぎないようにしてます。 ——— それこそフロウが重要なわけですね。 徳茂:歌い方に関しては。江戸アケミさんの “アジテーション” のルーズな感じとか、『夏』の頃のポコペンさんの歌い方とかは影響受けてると思います。 ——— ブルースや演歌みたいに言われたくないって話してた事がありましたよね。 徳茂:ブルースとか言われますけど、全然違うと思いますね。ハウリン・ウルフとかフェントン・ロビンソンとかブルース自体は好きですけど、自分のバンドの音がブルースだとは思わないです。 ——— 日本のシーンのなかでどこにも行けない感じ、居場所のない感じというのはいままでにも話してくれたと思うんですけど、、 徳茂:どこに居ても居心地悪いですね。いま居心地いい人なんていないと思いますけど。 『Wool In The Pool』のサウンドやリリックについて大袈裟に語る事を出来るだけ避けようとしたが(すでに多くで言われているように)この作品はじゃがたら、フィッシュマンズ、坂本慎太郎やECDなどの名前を引き合いに出さずにはいられない、それはこの作品が日本のオルタナティヴ・ミュージックにおける最良の系譜に位置することの何よりも明白な証拠だろう。“Edo Akemi” から続く最終曲 “I’ve Got Soul”、そのざらついたサウンドを「夜の果て」でイヤホンから耳にするとき、それはまるで “都市生活者の夜”、“ナイトクルージング”、“Night Walker” や “つぎの夜へ” にはじめて触れた時のあの感覚を思い起こさせる。是非聴いてみてほしい。 ウール・イン・ザ・プール Wool & The Pants / P-VINE... ダンシングホームレス – tHe dancing Homeless今年3月に公開されたドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』。路上生活者達で構成されたダンス集団の活動を追ったこの作品は一部の映画ファンや映画誌から高い評価を得るもののコロナウイルスによる劇場の臨時休館と共に公開は打ち切られた。 しかしどうやら6月1日からの再上映が無事決定したらしい、その後どのくらいの期間上映されるのかは分からないが少しでも多くの人に本作が届くことを期待しここに監督からのコメントを紹介する。 「『マラノーチェ』以来、G・V・サントが成就したストリート・キッズとの脱力的共振」と評された東京の路上風景、カメラが捉える彼らの息遣いを是非感じて欲しい。 ドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』公式サイト DIRECTOR’S STATEMENT 監督:三浦 渉 東京に住む私たちの生活からは、ホームレスの姿は見えない。私は本作で、大都市・東京に住むホームレスたちの姿をしっかりと見せたかった。それは日本社会を写す鏡でもあるからだ。そしてその上で踊ることが彼らと他者、そして社会との唯一の接点になっているだけではなく、路上生活を経験した身体から生まれる踊りの魅力をしっかりと描きたかった。彼らの踊りは、何よりも彼らが”生きている証”であるからだ。 ただ私は「なぜ自分がホームレスにならないのか?」「彼らと私との違いは何なのか?」、この疑問を抱えながら撮影を続けていた。そしてその答えは、出演者の一人、平川と話すうちに明らかになった。彼は父親に虐待され、逃げるように家を出た。そして他のメンバーも、同じように親との問題を抱えていた。あるものは親と死に別れ、あるものは親を拒絶し、あるものは親に生き方を強制された。彼らには、親という存在がないのだ。だからこそ路上に出るハードルが低い。そこが彼らと私の絶対的な違いだと気づいた。そんな彼らがこのグループの主宰者・振付師のアオキ裕キと出会い、踊りを始めた。グループには、”人に危害を加えない”以外ルールはない。踊りも各々から生まれたものが全て。無断で本番を休んでも構わない。アオキは言う「社会のルールがいいですか?」と。アオキは、彼らのあるがままを受け入れ、踊りに昇華する。この映画は、ホームレスにまで落ちぶれた彼らが、ようやく”本来の自分”を受け入れてくれる”父”と出会う物語でもあるのだ。 そして映画のラストに繰り広げられるダンスシーンの作品名は”日々荒野”。これはこの映画の裏テーマでもある。主宰者のアオキはこの”日々荒野”の発想を、高層ビル群に囲まれた公園で思いつく。そしてその場所は、母親の胎内のような場所だったと語る。日本では、古来より山自体を神と崇めてきた。山に登拝することは、神の胎内に入り、そして生まれ変わることを意味する。親と断絶し、ホームレスにまでなり、毎日が荒野のような人生を歩んできた彼ら。この映画のラストを飾る”日々荒野”のダンスシーンは、彼らが踊ることで生まれ変わる儀式なのだ。 このドキュメンタリーは、彼らが踊ることで社会復帰していく様を描くような、ありがちな物語ではない。家族も財産もすべてを失ったホームレスたちが、唯一残された身体と、圧倒的な熱量で、彼らにしかできない肉体表現を追求する。そして最後には生まれ変わる、今までにない”再生”を描いた物語だ。...