“時間が限られていたことに
今になって気づいたんだ”『限られた時間内に』
レコードの針を落とすと穏やかなピアノとヴァイヴ、そのあとに続く軽快なリズムに乗せてそんな風に歌われる。
ボソボソとしたどこかぶっきらぼうにも感じる歌声は喜怒哀楽そのどれとも似つかず、だけれども同時に全てを内包しているような不思議な魅力をはらんでいる。平熱のようでいとどこまでもエモーショナル、たとえばルー・リードやピーター・ペレット、そしてロバート・ワイアット、そんな偉大すぎるヴォーカリストまで思いだしてしまうほどだ。僕は2曲目のIt will be winter soonの歌い出しとスライドギターの始まりを聞いて鳥肌が止まらなかった、というか少し涙目になった。もうすぐ冬が来ることしか話すことがない2人、人と話さずにすむ仕事を見つけてラッキーだという主人公の静かな歌、それがなんでこんなに心に響くんだろう。
仙台を拠点に活動するバンドyumboのリーダー澁谷浩次のソロアルバム『Lots of Birds』のなかで主人公は限られた時間の中、いままで出会ってきた人達を思い出すように、失われていく記憶を日記に書き留めるように歌にしていく。いつ人生が終わるかなんて本当に分からない、最近は特によく考える。そんなことを考えながら思い出すのは昔すこしだけ働いた職場の同僚だったり、いまは連絡先も知らない知り合いやかつての恋人…走馬灯のようにゆっくりと流れていく11の曲、最終曲『あまり知られていない芸術家』を聴き終わる頃には僕はいつも曖昧な記憶の中をふらふらと彷徨っている。
“僕は大勢の芸術家と出会った
成功してる人も居るけど
ほとんどの人は
あまり知られていない”(中略)
“そんな人たち目の前に集めて
歌を聴いてもらいたいんだ
僕の時間は限られている
誰かに思い出してもらい
全員と語り合うには”『あまり知られていない芸術家』
1stブレスのレコードはもう中々手に入らないかもしれないが再プレスの予定もあるらしい。出来れば志賀理江子による素晴らしいアートワークと歌詞カードを見ながら向き合ってほしい作品だ。ちなみに僕はレコードもbandcampも買った。家でも移動中もこればかり聴いている。
世界中に熱心なファンを擁するyumbo(ユンボ)のリーダー/シンガーソングライター、澁谷浩次のオリジナルソロアルバム。Maher Shalal Hash Baz(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)のメンバーとしても知られている澁谷によりコロナ禍の東北で録音された邂逅と別離についての11の私的な物語は、この流行病の時代に普遍的に鳴り響く。
参加ミュージシャン;
澁谷浩次 (yumbo)
瀬川雄太 (subtle)
ゲストミュージシャン:元山ツトム (EDDIE MARCON)
カバーフォト:志賀理江子
デザイン:森大志郎