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COLUMN

FUN THEATER THREE vol.5

1

別れる決心
パク・チャヌク監督
@シネマ・ジャック&ベティ

登山中に崖から転落死した被害者の妻で中国移民のソレと、その事件を担当することになった不眠症のヘジュン刑事。警察と容疑者という関係ながら惹かれ合うふたり。事件は事故として処理され、ふたりの関係もそこで終わったかと思われた。しかし、それから一年後、ふたりは再び出会ってしまう。そして、そこでも殺人事件が……。

物語はA・ヒッチコック監督『めまい』を下敷きにしたような作りで、大枠の構成だけでなく、容疑者を執拗に尾行したり屋上で犯人を追い詰めたり、と具体的なところも踏襲していたりする。
主人公が神経症的な病を患っているキャラクターで、仕事の対象人物に過剰にのめり込んでいくところも『めまい』と同じなのだけれど、『めまい』のジェームズ・ステュアート演じる主人公と比べて、『別れる決心』のパク・ヘイル演じる主人公ヘジュン刑事はものすごく良い人に思えるところが新鮮でとても面白かった。
対象への強い執着心に囚われ続け、常に不安と焦燥感を抱えて周りが見えなくなっているような『めまい』の主人公に対して、『別れる決心』のヘジュン刑事は全く違った雰囲気で、その違いがとても興味深い。
ヘジュン刑事は警察官として非常に優秀なキレ者という設定なのだが、そういったキャラクターにありがちなピリピリした振る舞いを職場等で見せるでもなし、独特なクセの強い雰囲気もなく、あるいは無口だったり塞ぎ込んでたりするわけでもなく、関わった人から「品がある」と言われるほどだ。
このようなキャラクター性が物語に与えている影響はとても大きくて、作品をロマンスという枠で考えた時に、個人的に『めまい』はでっかいクエスチョンマークが浮かんでしまうのだが、『別れる決心』にはしみじみと浸ってしまうものがあった。

映像表現も面白くて、同じ空間の中にいる人物の視線が対象に直接向かうのではなくて、カメラやモニターなど何かを介して映し出されたものがスクリーンで折り重なっていく。
場所や時間は重なってはいるけれど、それぞれ異なる次元というかレイヤーからお互いなんとか必死にコミュニケーションをとろうとする姿が印象に残る。
そうした抽象的なイメージが喚起されつつも、お話自体はシンプルで具体的なのもいい。
語りの表現方法が洗練された芸術的なものでありながら、サスペンスドラマの展開としてはベタな感じがあり、それがとてもいい。

ところで、今回のテキストは本作と下記の二作品でも、移動手段として車が出てくる映画だ。それ自体は特段珍しい話でもなんてもないけれど、映画において車中のシーンというのはいかにエモーショナルな役割を果たしているのかということに改めて感じ入った。

2

ワイルド・スピード/ファイヤーブースト
原題Fast X
ルイ・レテリエ監督
@T・ジョイ横浜

2001年公開の第1作からのシリーズ第10作目で最終章二部作の前編にあたる(三部作になる可能性もあるそうだ)。
シリーズ第5作目でブラジルの麻薬王レイエスを破滅に追い込んだドムことドミニク率いるワイルド・スピード・ファミリーだったが、それから12年後の今、レイエスの息子ダンテによる完全なる復讐劇が幕を切って落とされた。

ワイスピはヴィン・ディーゼル演じる主人公ドム以外のパートがめっぽう面白い。最終章にあたって改めてそう思う。
前々作あたりで完全にインポッシブル・ミッション・ファミリーと化したドム達に対する今回の悪者ダンテは、シリーズ過去作にない新しいタイプの人物像で、『ダークナイト』のジョーカーのようなキレ具合と掻き回しぶりを見せてくれる。
と言ってみたものの、あくまで物語上のポジションの話というか、あのジョーカーとは違って目的と動機が“死んだ父親の復讐”と初っ端から本人によってはっきり宣言されてことは進むし、そんなわけだから身元もはっきりしているしで、ジョーカーと言えばの狂気の象徴というものはなく、狂気というなら本質的なところでドムのほうがよっぽどなくらい。
しかし、それがダメと言うことではなくて、過去にない”less macho”なダンテのキャラクター性が作品の世界観を広げていて、とても良かった。
今回は最終章ということで、ゲスト参加がいつもより三割増しのお正月オールスター映画ばりの大盤振る舞いをみせてくれていて、舞台はかなりの大賑わい。
そんな普通なら収拾がつかなくなってもおかしくないところを、ダンテが狂言回しとして物語の軸となって作品を成り立たせていることにも感心した。

3

仮面の報酬
原題The Big Steal
ドン・シーゲル監督
@シネマヴェーラ渋谷

1949年公開作品。
自身にかけられた嫌疑をはらすため、真犯人を追ってメキシコに辿り着いたデューク。真犯人と関わりを持つジョーンと共に見知らぬ土地で決死の追跡劇が展開される。果たして真実が解明されデュークの無実は証明されるのか。

今作を見るのは二回目。しかし、例によっていざ映画が始まるまで内容をほぼ覚えていなかった。
前に見たのは、ノワール映画の古典的傑作として呼び声高いジャック・ターナー監督『過去を逃れて』を見てのこと。
1947年公開『過去を逃れて』の主演ロバート・ミッチャムとジェーン・グリアのふたりを再び主演に据えて撮られたのが今作『仮面の報酬』なのだった。
そんなわけで、ノワールものを勝手に期待して見たのだと思う。
しかし、今回見てみて思ったのは、今作は完全にアクション・コメディ映画だということ。
確かにノワールものと言えなくもないのだが、主演ふたりのかけ合いはとても楽しく、ふたり以外の登場人物たちのやりとりも同様、さらに劇中で「過去のことは忘れて」というロバート・ミッチャムによる目配せな台詞まであるのだった。
前回見た時は自分の思い込みと実際とのギャップで記憶に残らなかったのかな? と少し思った。
まあ今回のようなケースに限らず、なんでも忘れてしまうのだけれど。

ともかく、映画は素晴らしく大変楽しめた。
アクションのシーンでは特に物語の中盤辺り、主人公ふたりが車で追いつ追われつしているところで、デューク役ロバート・ミッチャムの台詞「女の運転は信用ならん」からのジョーン役ジェーン・グリアによるカー・チェイスのシーンがかなりのワイルド・スピードというか、激しいS字カーブの連続をお構いなしにアクセル全開で飛ばす飛ばす。
見ていて、おお!っと思わず仰け反りそうになった。
映画館でのそんな体験は最近だと『トップガン マーヴェリック』くらい。
稀に見る最高のシーンだと思う。

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