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FUN THEATER THREE vol.2

1

ブラックアダム

ジャウム・コレット=セラ監督

T・ジョイ横浜のDolby Cinemaで鑑賞。
ジャウム・コレット=セラ監督とロック様ことドウェイン・ジョンソン主演による前作『ジャングル・クルーズ』をめっぽう気に入っていたところ、新作もこの組み合わせと知ってとても楽しみにしていた。
『ジャングル・クルーズ』はディズニーランドのアトラクションを映画化したものだったが、『ブラックアダム』はDCコミックスの映画化だ。
今回ドウェイン・ジョンソンが演じるのは主人公ブラックアダム。この人物とにかくやたらと強くて基本的な能力はスーパーマンとほぼ同じと思われる。しかし、過去に何やら事情があり、単にヒーローとは括れない異質な存在だ。そんなブラックアダムを中心に取り巻く人々や組織による三つ巴で物語は進んでいく。
この物語構造だが、考えてみると『ジャングル・クルーズ』とまんま同じだ。
今作は中東を思わせる色使いの劇中美術がとてもよかったが、これも南米ジャングルが舞台だった『ジャングル・クルーズ』と非西洋文化圏のセンスという点で同じ。
ついでに言うと、映画の尺もほぼ同じだったりする。
現在に至るキャリアを通して、ジャウム・コレット=セラ監督の作品は独特の安定感があるように思う。ちょっと気になる掴みのアイデアがあって、内容は超ド派手な娯楽大作とはいかない予算感の出来具合ではあるのだけれど、それがちょうど良い感じというか、かといって単に地味な映画とは括れない不思議な魅力がある。
作品の安定感ということで連想して考えてみると、リチャード・リンクレイター監督のように作家性を感じるでもなく、ジェームズ・マンゴールド監督のようなツウ好みの職人気質とも違うのがジャウム・コレット=セラ監督で、風通しの良さというかちょっとした語り口の品の良さが独特な気がする。
これまでのミステリー、サスペンス路線に前作からファンタジー要素が加わったことで、作品のスケール感が開けたような、いつもの鑑賞後のほんのり痛快な味わいがグッと増したように思う。この路線は個人的にとても好みなので、今後も是非この方向で映画作りを期待したい。
『ブラックアダム』続編の制作は考えられてないようだけど、新作『Carry-On』と制作(企画?)中らしい『ジャングル・クルーズ2』が楽しみだ。

ちなみに初のDolby Cinema体験だったが、そもそもの館内空間がとてもいい。どの席からもスクリーンがよく見えそうなゆとりある座席配置。正直、シネコンの上映室はこれが基準になって欲しい。売りである画質も音質も言うことなしでDolby Cinema最高だ。

2

ヨーヨー

ピエール・エテックス監督

1965年フランス映画。シアター・イメージフォーラムで鑑賞。
ヨーヨーとは、軸に紐を巻きつけ回転させて遊ぶあの玩具のヨーヨー。それがこの映画の主人公の名前だ。ヨーヨーは生まれながらのサーカスの道化で、彼の自伝のようなコメディドラマである。
物語はサーカスを原点に展開しているものの、映像表現自体は映画への愛に満ち溢れてるのが面白い。
例えば、物語は1920年代を舞台にして始まる。ここでの映像は1920年代の映画のように、つまりサイレント映画のように撮られている。最初、何も知らずに見た自分は「ジャック・タチみたいな映画なのか」と勘違いしそうになった(実際にピエール・エテックス監督にとってジャック・タチは作家としての父であるようだ)。
物語の時代が進み、主人公を取り巻く社会状況は常に変わっていく。そこには戦争の時代もあり、どんな時代でもとにかく生きていく人々の姿が、サーカスといったエンターテインメントのありようを通して描かれるところなど、とても胸に沁みるものがある。
この“父と戦争とエンターテインメント”ということで、Netflixオリジナル映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』を連想したが、ショービジネスの舞台裏が描かれるところでは、トリュフォー監督『アメリカの夜』のような可笑しさがある。
映画全体を通して見ると、ヨーヨーという架空の人物の自伝的映画のようで、アーティストであるピエール・エテックス監督自身の姿が浮かびあがってくるようであり、夢と現が溶け合うラストシーンの儚さに心打たれてホロリとした。
コメディと言ってもどこか控えめで詩的な作品で、エンターテインメントもの映画の大傑作だと思う。

〈ピエール・エテックス レトロスペクティブ〉全国順次公開中。
http://www.zaziefilms.com/etaix/

3

RRR

S.S.ラージャマウリ監督

T・ジョイ横浜のDolby Cinemaで鑑賞。
『バーフバリ』の監督による話題の新作。舞台は1920年代イギリス植民地のインド。ふたりの男があることをきっかけに出逢う。前世は兄弟かとばかりに意気投合するも、互いに背負った宿命によりその絆は引き裂かれてしまう。だがしかし、物語は運命の急展開を迎えて怒涛のクライマックスに雪崩れ込むのであった。
あらすじは典型的な兄弟仁義そのものだけれど、それをブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』やジャッキー・チェン『プロジェクトA』といった作品と地続きな時代設計に、『ミッション: インポッシブル』シリーズばりに派手なサスペンス展開を織り交ぜ、クエンティン・タランティーノ監督『イングロリアス・バスターズ』のようなダイナミックな伝奇アクション映画として仕立て上げている。
上映時間3時間(!)という長さを感じさせない問答無用のスペクタクルの連続と、それらを次から次へと捌いていく演出力がとにかくお見事。自分が見た回で、終映後に客席から拍手が起きたのも納得の出来映え。

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COLUMN

FUN THEATER THREE vol.1

1

「人間に賭けるな」

前田満州夫監督

1964年日活映画。シネマヴェーラで鑑賞。
ある競輪場で男が女に出会う。男は女に惹かれ追うが、女もまた別の男を追っていて……。さらにそれらをとり巻く人間模様。みんな何かにとりつかれたように追いつ追われつするも、空虚がただ広がっていくばかり。
こんな面白い映画があるとは……と驚いた。
先月DVDが発売されたようだが、そのジャケットカバーに見られる当時のセンスならではなトーンと、実際の映画の印象にはかなりギャップを感じる。
今までモダンと形容される日本映画を観ても、多かれ少なかれ泣きの要素だったり、どこかしらアナクロなものを感じることがほとんどだったし、そういうものなのかと思い込んでもいた。
そんな自分にとって、モダンな日本映画というのはこの映画こそ。
劇中ずっと充満しているクールで熱い空気は、かっこいいジャズみたいだ。
スクリーンに吸い込まれてフィルムの粒子ひとつひとつに分解されてくような快感がある。

2

「明日の夢があふれてる」

番匠義彰監督

1964年松竹映画。ラピュタ阿佐ヶ谷で鑑賞。
ある天ぷら屋が舞台のラブコメディ。主人公カップルの恋の行方と関係人物たち複数のドラマが折り重なって展開していく。高度経済成長期における日本社会の光と影がコントラスト鮮やかに反映されている。まさにタイトルに偽りなしの内容。
とにかく全てが軽い。といって軽薄ではなく、軽妙洒脱でベタついたところがないサラッとした職人さんならではの手際の軽み。
物語の芯はひと組の男女カップルながら、カップルそれぞれの家族、それぞれの友人たち、さらにそのパートナーや仕事関係者たちの様々な諸事情によるドラマが、くるくるコロコロと転がっていくのがとても楽しい。
そんな盛り沢山の情報量をなんなく一本の映像作品として成り立たせていることに感銘を受けた。
終始爽やかなトーンによる語り口が観ていてひたすら心地良い。
物語の結末も大仰な大団円として盛り上がるでもなく、とは言えしっかり感動を胸に残して映画の幕は閉じる。

3

「冬の旅」

アニエス・ヴァルダ監督

1985年フランス映画。シアター・イメージフォーラムで鑑賞。
ある冬の日の朝、畑の側溝で若い女の遺体が発見された。バックパッカーの彼女はどこから来てどこへ行こうとしていたのか? 道中で彼女が出会い関わった人々の語りによって彼女の姿が紡がれていく。
なんとなく難しい映画なのかとばかり思い込んでいたけれど、いざ映画が始まると同時にスクリーンに引き込まれ、最後まで途切れることなく夢中になって観た。とにかく面白い。
あらかじめ悲惨な結末が定まっているというのに、スクリーン上の視線はあたたかく映画ならではのユーモアも湛えている。
語り口はひたすらクールだけれども、そこに簡易で自然なやさしさを感じる。
どんより灰色の曇り空の下で流れるレ・リタ・ミツコのヴィヴィッドな音が空虚に響くのがなんともかっこいい。
今回は30年以上ぶりの日本国内上映らしいが、今年になって2ndアルバムの50周年記念盤が発売されたカレン・ダルトンの漂白感と思わず重ねてしまうものがあった。
紛れもなく傑作だと思う。

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COLUMN FEATURES REVIEWS

Are You Experienced『Rくん』?

君は『Rくん』を聴いたことがある?というか体験したことがある?ないならいますぐ bandcampで買おう。黒バックにゴシック体の怪しいジャケット、匿名的なタイトル。きっと検索には引っかからないだろう。東京で活動するシンガーソングライター、ダニエル・クオン(Daniel Kwon)による変名プロジェクトである本作は2013年リリース当時、超局所的にではあるが多くの賞賛と驚きを生んだ。少なくとも僕の周りの数少ない音楽好きはそうだった。

はじめて聴いたのは立川の珍屋というレコード屋だったと思う。ハーシュノイズのような雨音、街の雑踏や波の音、サイレン、ナレーション、校内放送などが次々とコラージュされていくエクスペリメンタルで一聴して偏執的な拘りを感じるポップアルバムに思わずレコードを掘る手も止まった。録音は当時ダニエル・クオンの職場であった小学校と自宅スタジオで行われたらしい。子供の遊び声や給食放送らしき献立の紹介に合唱などあどけない小学生の声は多くの曲で聴くことが出来るし、グランドピアノやヴィブラフォン、ティンパニなどの音楽室の楽器達が本作にはよく登場する。

僕はこのアルバムに出会ってからというもののしばらくは『Rくん』の世界から抜け出せなくなってしまった、いまでもたまに聴くとやはりなんだか危うい気持ちになる。危うい気持ちというのは、あんまり深入りしちゃいけないのにどうにも抑えがきかない感じというか、つまりとにかく中毒的で気軽に覗いてはいけないものを見てしまった時の様な不思議な魅力がある。とりあえず冒頭の「Rainbow’s End」だけでも聴いてみてほしい、出来れば大きい音でヘッドフォンで。雨音のようなノイズからはじまり、囁かれる”レッツゴー、ワントゥー、レッツゴー、ワントゥー”。ダークで美しい響きを持ったメロディはもちろん、とにかく拘られた録音とミックスからは遊び心を超えた何かやばみを感じさせる。左から流れる不穏なシンセサイザーの持続音を断ち切るように唐突に入るアコギ、右から左へと侵食していく波の音、サイレン、スネアロール…ここまでくればあとはもう音に耳を任せるだけだ。もう一曲選ぶなら「Happy4ever」だろう、ここではまるで映画『インセプション』のように——脈絡のない他人の夢や脳内を漂っているかのような感覚を僅か11分でユーモラスに表現してみせる。

バンドミュージック、ヒップホップ、テクノ、ハウス…ジャンルを問わず、あるひとりのアーティストの内面や作家性が強烈に出た作品——録音、編集、ミックスをダニエル・クオンがほぼ1人で手がけた本作からは他者との交わりではないところから生まれたアート、それにしかない引力がある。ややラフな質感の穏やかなエンドロール「#9」で彼は日本語でこんな風に歌ってアルバムが終わる。

“金縛りはないよ、ほとんどないんです 頭が真っ白”

bandcampではタイトルが『Love Comedy』に変更されジャケットも差し替えられているが、$5払えばすぐに買える。異国の地の音楽室やアパートで作られたねじれたダークファンタジー、ひっそりとでいいから語り継ぎたい名作だ。

ちなみにCDのブックレットには大島渚をはじめとするスペシャルサンクス欄があって、作品を読み解くヒントにもなりとても面白い。

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好奇行日記 成田山編

Text by 藤井優

いやー明けましたね。2022年。おめでとうございます。今年もどうぞご贔屓に!

というわけで、新年一発目の記事なんですが、個人的な恒例行事みたいなもんで毎年初詣に成田山に行かせてもらってるので、その事をちらっと書きましたので、早くもきた今年初のご贔屓だと思ってお付き合いのほど。

もうかれこれ10年以上続けてるので、これをやってやっと新年来たなって思う結構大事な行事だったりします。行くまではめちゃくちゃ嫌だけど。遠いから。でも行く。やるって決めたから。成田山のある成田の駅に向かうまでの電車の時間が長いのでひたすらに音楽聴いてるんですが、東京から千葉に向かう際、新小岩を通るので、その時はZORNさんを。ヘッズとしての礼儀というか性でしょうね!こればっかりは。(どうでも良いけど、総武線から見えるスカイツリーって合成みたいで面白いよね!)

んで、千葉に向かうまでの時間は、つい先日めでたくラップスタアに輝いた千葉発のラッパー、eydenさんのEPを。ラップスタア優勝おめでとうございます!お祝いのメッセージとか今は直接DMなどで送れるけどしない。アーティストとの距離感は大事。でもSkaaiさんにはしました。すみません。

そんなこんなで着きました。この日は雪が降った次の日だったので、まだ雪が残ってました。雪がある初詣はおそらく初なので、その意味はちょっと特別感がありました。ホワイトクリスマスならぬ、ホワイト詣。…ねっ!

駅から参道があるんですが、ここはまだ入り口らへんなので、本格的な参道というよりかは、プレ参道といった感じです。いつもこのプレ参道の途中にちょっとした広場があってそこで、猿回しのイベントをやってるんですが、今年は雪の為かやってない!中々猿回しを近くで見ることがないので初詣の楽しみの1個だったのにメーン…来年は見れますようにって話!(おかえりなさい!)

5分くらい歩くと、本格的な参道らしくなる下り坂に突入。お土産屋さんとか金物屋さんとかの建物も雰囲気があって、良い感じです。ここで消毒用のアルコールを持ったおじさんに、「合格おめでとう!」とか言って頂いて、どうも!とか返しちゃったけど…マスクマジック、サンキュー!

良い感じでしょ

参道を抜けると見えてきました、本命のご登場。毎度ながら…かっけー!早速中へ。

階段を登るとそこにどーんと御本殿。今年もなんともなくここに来れたことに、感謝カンゲキ雨嵐。

御本殿の横にある、おしゃれ三重塔。見えないところのおしゃれの重要性を体現なされてる。格好良いよね、これも。
お参りを済まして、御守りも買って、いつもなら帰るんですが、先ほども言った通り雪がある感じが初なのでちょっと探索。

これは裏本殿。御本殿の後ろ側です。陰の部分とか悪い方とか覚醒後とかじゃないです。

結構、好きな雰囲気醸し出されてます。さすが、ホワイト詣(懲りてない)。

これは、平和大塔っていう成田山の歴史展とかがある塔です。全貌は実際見るまでのお楽しみってことで。我ながら、良い写真をめちゃくちゃ狙いにいってる感がムンムンだな。
というわけで、初詣も探索も終えて成田の駅へ。帰りはこれかな。成田から飛び立ちたい願望も込めて。iPhoneにこれ書いてるし。(ザ・こじつけ)

それでは皆様、良い1年を!

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High Top or Low #1

この歳になると「あまり履かないんだよね」とか「大体履くのはブーツか革靴かな」とか「服装に合わなくて履かない」なんて言われる機会もちらほらあったりするんです。そのたびに心の中でこう囁くの。
(現役バリバリで履きまくっててスニーカーしか持っていない私は一体…)と。

はい。前置きはこのくらいにして今回はスニーカーと音楽、というかスニーカーとヒップホップについて自分なりに感じていることを書こう!と思ったので軽い感じで見ていただけると幸いです。

まずは何と言ってもこれです。

My Adidas / RUN-DMC

RUN DMC の adidas ファッションはヒップホップを聴いてない方々でもなんとなくは目にしているはず。この adidas のスーパスター(あのシューレース全部外して履くやり方、真似したはいいけど歩けるのか?って誰しも思ったよね!)をはじめ、80年代の当時は puma のスウェードなんかもストリート界隈では人気だったみたいです。なんだか今とあまり変わってない気が。それほどあのデザインが普遍的で格好良いものなんでしょうね。

そこから日本にもヒップホップがやってきてもちろんスニーカー文化も一緒に流行ることになるんですが有名なのはやはりこれでしょう!

証言 / LAMP EYE

ここの5番でまさに”証言”している通り毎日磨くもんなんですよ。スニーカーは。なぜかって?それはね。ラッパーの方々が有名になって自慢するものと言えばお金、女性、車、アクセサリーなどがありますがその中にファッションがあるのももちろんのこと。綺麗なスニーカーを履いている→いつも新品身につけている俺→金回りがいいんだぜみたいな感覚で。だから皆履いているのは、ひたすらにピカピカ。本当に超人気でいつも新品履けている人達は良いけど、それに憧れてるだけの僕みたいな一般素人の端くれみたいな奴は必死こいて磨いてるんです、家で。それで憧れのアイツに近づこうとしてるんです….. 悲しくなってきたな。頑張ろう。

前向きになれた(?)ところで話を戻すと、スニーカーのことについてラップしてる曲は他にもあって色々紹介したいんですが、長くなってしまうので最近の曲で自分の中でおっ!ってなったのがこれ。

They Call Me Super Star / KOHH

この中で「スーパースターに憧れてコンバースをボロボロにしていた」ってあります。ここで言うスーパースターって文字通りの意味もあるけどやっぱり先述した RUN DMC が履いていた adidas のアレにもかけてるよね?(なにわかりきったことを。って思ってる方!心の奥にしまっておいて。)しかもここでコンバースを出してくるところがまた良い。皆が一度はお世話になってるコンバース。この言葉がすごい距離の詰めかたしてくれてる。あれ?自分と変わらないかも。もしかして自分も頑張ればああなれるかもって思わせちゃう。絶妙なブランドの対比だなぁ。

ということで、とりあえずこんな感じかな。次もまたお楽しみに。

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Spirit of the Golden Juice #1, Modern Times Beer – Orderville

ビール。ひとりで飲むビール。友達と飲むビール。ソファに寝転びながら飲むビール。広いシネコンの客席でひとりぼっちで飲むビール。暑い日にベランダで飲むぬるくなったビール。かじかむ手で夜道を踏みしめながら飲むビール。あんなビール、そんなビールと音楽の話。

いつの間にか、昼は暑いくらいの陽気になってきた。いつもなら公園のベンチで缶ビールを飲んでいるところだが最近はそうもいかない。
ウィルスの不安には耐えられるけれども、それによって顕になった色々な事がどうしても頭を重くして、この陽気すら残酷に感じてしまう。
こんな日ばかりはただただ呆けてビールを片手に時計を眺めているに限る。

Modern Times Beer – Orderville

カリフォルニア州サンディエゴのブリュワリーからの一本。
最近は流行りも落ち着いてきたHazy IPA。流行を意識したのか”Dank”の表記は”Hazy”に変更になったらしい。
“Hazy”とは濁ったビールの見た目を指していて、”Dank”というのはマリファナのような風味を表すスラング。
モザイク、シムコーをはじめとした6種類のホップが使われたフルーティな香り。一口飲めば爽やかな甘みと香りが広がって、優しい苦味が鼻を抜ける。溶けてしまいそうな体がそのままソファにずぶずぶ沈んでいうようなリラックス感が楽しめる。

Girls In The Grass / Steve Hiett

ファッション誌の写真家としてキャリアをスタートし、Jimi HendrixやThe Doors、Miles Davisなど著名アーティストもカメラに収めてきた彼の唯一作『渚にて…』。そのリイシューに併せて発売された彼の未発表音源。

風通しのいいギターの音色は陽の光を浴びているような心地よさがあるけれど、空虚なリズムと共に浮かび上がる風景の海岸や街並には香りや遠鳴りすらもミュートされたような”不在”を強く感じさせる。あるべきものがそこにない、不穏なチリチリとした静けさは、今この状況におかれた街が見せた表情と重なって、ジャケットに添えられた少女達の写真のようにその世界に閉じ込められてしまいそうな、いっそそこに閉じ込められてしまいたいような、そんな気持ちにもなってくる。

エコーの靄の中に吸い込まれるような酩酊感と不安に寄りそってくれるようなビールの香りがあいまって、頭をもたげていたものを少し軽くしてくれるような気がする。
この黄金色のジュースが明日、心を燃やす血の一滴になりますように。