REVIEWS REVIEWSGROUP / RECORD最近同僚におすすめしてもらって感動したレコードがこれだ。彼の薦めるレコードは毎回ハズレはないんだけど、今作を僕が詳しく知らないと言ったとき「え、マジっすか」と、半ば落胆、いやもはや軽蔑に近い反応をされたのですぐに購入した。そして、まんまと深くハマっている。レコード屋で働くのは辛いことばかりだが、こんな事があるからいまだに続けているのかもしれない。 検索するにはやっかいなアーティスト名とタイトルからして、ひしひしとアティテュードが伝わる本作は2001年佐々木敦プロデュースのレーベル「ウェザー」からリリースされた国産ポストロックの先駆的作品、として知られているらしい。なんとなく存在は知っていたが、あの界隈の音には昔から鈍感で恥ずかしながら今回のレコード化を期に初めてちゃんと聴いた。 トランペット、ソプラノ・サックス、ギター、ベース、ドラムという編成のインストゥメンタル・バンドなのだが、とにかく全ての音が感動的に気持ち良い。ゆるやかに熱を帯びていく楽曲とそれを雄弁に表現する演奏が魅力であるのはもちろん、僕は本作をミニマルテクノや優れたダブアルバムなんかと同じ感覚で聴いている。サウンドそのものにこの音楽の本質があり、そしてそれこそが本作がポストロックと括られる数多の作品から離れたところで鳴っていると感じる所以だろう。少し調べてみると録音とミックスに内田直之(LITTLE TEMPO、OKI DUB AINU BAND等)の名前を発見してなるほどと頷いた、とりわけ「Before」で聴けるふっくらとしたベースと管楽器の静謐な残響音は息を飲むほど美しい。 自宅のレコード棚を整理しながらKazufumi Kodama & Undefined「2years / 2years in Silence」のとなりに本作を並べた。アンビエントと交差する静かなダブアルバムと「RECORD」の並びが僕にはとてもしっくりくる。なにげない日常のなかで、ふとした時に聴きたくなるような、そんな一枚になるだろう。ちなみに、サブスクでも聴くことは出来るがぜひレコードで。カッティングはBasic Channelが設立したDubplates & Mastering、大きな音で鳴らして欲しい。... The San Lucas Band / La Voz de Las Cumbres (Music Of Guatemala)東北の田舎から東京に越してきてもう10年くらい経つが、この街の夏の暑さにはまったく慣れない。子供のころは夏の始まりといったら少し気持ちが浮き立つようなワクワクがあったものだが、いまや皆無。始まりと共にお願いだから早く涼しくなって下さいと切に願うばかりである。ちょっと飲みにいくのも、映画に出かけるのも億劫になるばかり。この熱気のなか、人が集まるところにすすんで行きたいと思えるのは異常な思考の持ち主だけだ(そう考えると毎日レコードを掘りにくる、ディガーの先輩方には頭があがらない)。まぁそんな世知辛いコンクリートジャングルに暮らすぼくの悲しき夏バテに寄り添ってくれる、素敵なレコードを見つけたので紹介する。 The San Lucas Band 「La Voz de Las Cumbres (Music Of Guatemala)」、本作はグアテマラの山村サン・ルーカス・トリマンの楽団による、葬送曲やポピュラーソングの演奏を収録した盤で初出は1975年。スイスの名門Les Disques Bongo Joeからこの度アナログリイシューされた。ディープな音楽ファンの間では密かに嗜まれていたカルトな1枚で、ジョン・ハッセルやチャーリー・ヘイデンの愛聴盤としても知られているらしい。レコードに針を落とすとまるで魂が抜けていくような腑抜けたサックスが流れ出し、フラフラともたつくドラムがそれを追いかける。アイラー、AEOC、ポーツマス・シンフォニア、コンポステラ、、、などの名前が頭に浮かぶが、なんだかそのどれとも似ているようで決定的に違う。映画版『ニシノユキヒコの恋と冒険』で少しだけ映るマヘルの演奏シーンの違和感と不思議なノスタルジー、なんとなくそれを思い出す。土着と非洗練、きっとどこにも存在しないオリジナリティ、こんな音楽をエキゾチックと呼びたい。 休日にクーラーの効いた部屋で流していると、少しだけ外の風が欲しくなる。窓をあけて、タバコを吸い、ぼーっと聴きながらだらだら過ごす、そんな夏にはちょうど良い。たまには山とかいってみるかと柄にもなく考えるが、きっと行くことはないだろう。いまのところ、2024年の個人的ベスト再発案件。これがリアルmaya ongaku、おすすめです。... 2022年アガった日本語ラップ15選テキスト:藤井優 舐達麻 / BLUE IN BEATS 「BUDS MONTAGE」以来2年ぶり?くらいの待ちに待ちまくったシングルがリリースされましたね。その間彼らにも色々ありましたが、この曲で全部捲った感じありません?トラックもリリックも更に進化した感じがあって堪りません! DJ TATSUKI / TOKYO KIDS feat.IO & MONYHORSE 2022年のハイライトはこの曲で決まり!トラックはもちろんのことIOもMONYHORSEもかましててブチ上がりでした。REMIXもあるけど個人的にはこっちの方がアガります。とあるライブでIOのバースだけ本人が歌ってましたが盛り上がり方エグかったので文句なし! OMSB / LASTBBOYOMSB 今年はOMSBの新作めちゃくちゃ聴いたなー。色んなプレッシャーもあっただろうけど、あれ出せちゃうんだから流石ですよ。「大衆」なんて暫くこんな名曲出ないんじゃないかくらいの代物なんですが、個人的にはこの曲も好きでした。どこまでもヘッズなOMSB格好良すぎ! OZROSAURUS / REWIND feat.ZORN 個人的永遠のヒーローOZROによる耳疑うくらい衝撃だった新曲のリリース!声とかフロウとか、もうね。格好良いですよ。本当に。しかもZORNのレーベルに参加とのことで、これからまた色々活動が見れるのかと思うと楽しみですね。もしアルバムとか出したら…期待してます! AWICH / どれにしようかな アルバム「QUEENDOM」も聴きましたね。ひたすらに。武道館も本当に良かったです。2〜3日思い出してニヤニヤしてたくらい余韻がありました。姐さん、アリーナ決まったらすぐ駆けつけます! KANDYTOWN / CURTAIN CALL 2023年3月でその活動を終了する彼らによるラストアルバム、その名も「LAST ALBUM」の幕開けとなるこの曲。このマイクリレーも後少しかと思うとめちゃくちゃ寂しい気持ちが襲いかかってきます。もちろん3月の武道館、行かせていただきます! C.O.S.A. / LEAVE ME ALONE feat.JJJ ワンマンライブも格好良かったC.O.S.A.によるEPからこの曲を。「COOL KIDS」ももちろんだいぶ聴きましたね。こういう歌モノのサンプリングに弱いんで好きでした。ラッパーとして父親としての覚悟みたいのが感じれて沁みます。韓国ドラマのサンプリングもあったりで良いです。 ZORN / IN THE NEIGHBORHOOD さいたまスーパーアリーナも大成功に終わったZORNによる新作から。ブレずにフッドスターを貫いてるのは相変わらずで「日本一韻踏むパパ」はパンチライン過ぎ! ZOT ON THE WAVE / CRAYON feat.FUJI TAITO 個人的にM-1並みのイベントになってるラップスタア誕生からFUJI TAITOのこの曲が好きでした。あの番組も色んなスターを輩出していて本当すごいなと思いますが、今年はどうなりますかねー。楽しみです! TOKYO GAL / AS YOU ARE こちらもラップスタア誕生に出演していたTOKYO GALの一曲。彼女の半生だと思うんですが、ミックスやシングルマザーとして生きてきた彼女が書くことで言葉の重みが感じれて良かったです。ラッパーに限らず性別は関係なくなっていると思うので、これからの活躍に期待! WILYWNKA / KEEP IT RUNNIN’ feat. MFS 2022年に出たWILYWNKAの新作から。参加してるMFSに絶賛どハマり中で、彼女のソロ曲も良いんですが、この曲の彼女のバースのフローが堪らない!「楽観的なMUSIC RIDER」ってなんだよ!格好良すぎ! SOCKS / OSANPO 犬好き角刈り個性派ラッパーのEPから。ギャグラップっぽいけどスキルフルだし、歯切れのいいラップが耳心地良いです。動物愛、犬愛が溢れ出てる愛犬家必聴の良曲です! ¥ELLOW BUCKS / DELLA WAYA feat.CITY-ACE & SOCKS ¥ELLOW BUCKSによるアルバムから。ギャングスタ・ラップっぽいトラックに三者三様の乗り方でカマしてる良曲。ワンマンライブ行きたかったなー。 JIN DOGG / 雨の日の道玄坂 どんなトラックでも様になっちゃうなって思ったJIN DOGGによるシングル。ホーンなトラックが良いし、声格好良いですよね。映画の出演も決まったみたいなので、そちらも要注目です。 ELLE TERESA / BBY GIRLLL もし僕がギャルだったらアンセムになっているであろう1曲。HOOKが良い!「パジャマは脱いでドレスに着替えたいわ」ってパンチラインにヤラれてました!... FYOC Favorites 2022今年もFYOCに関わってくれたみんなのフェイバリットを集めました。今回はひとまず音楽編。まぁ本当にいろいろありますけど相変わらずイケてる新譜やまだ聴いたことない復刻ものなんかを探してる時間やそれを聴いてる時間はなにより有意義です。死ぬまでどのくらいの音楽に出会えるか分かりませんが一枚でも多くの素敵なレコードに出会えますように。最近はほんと素直にそう思います。 アメリカ、イギリス、スペイン、ベルギー、ドイツ、オーストラリア、日本…世界中の音楽家達のニューリリースから知られざるマイナーガレージ復刻盤、偉大なプロデューサーの宅録発掘音源に海賊ラジオのミックステープなどなど2022年FYOCのお気に入りです。それでは年末年始の暇時間にでもぜひ。 “やりきれないことばっかりだから、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコード、レコードを聴いている、今日も” ECD「DIRECT DRIVE」 Naomie Klaus / A Story Of A Global Disease 昨年末にフランスのレーベルBamboo ShowsからカセットでリリースされていたベルギーのプロデューサーNaomie Klausによる1stアルバムをスペインのエクスペリメンタル系レーベルAbstrakceがアナログリリース。ダビーなレフトフィールド・ポップにゆるいラップが乗る「Tourism Workers (Arrival)」などはLeslie Winerに通ずるところも。 Lucrecia Dalt / ¡Ay! コロムビア出身で今はベルリンで活動するエレクトロニック・アーティスト。夢の中を彷徨う幽幻なサウンドテクスチャーとラテンのリズム、Don the Tiger 「Matanzas」の隣に置きたい独創的なモダン・エキゾチカ。南米で撮られた2022年映画『メモリア』における記憶の旅路のサウンドトラック、もしくは架空の街に想いを馳せるスリープウォーカーの頭の中、エレクトロニクスとフォークロアのこれ以上ない完璧な融合。 Act Now / Louis Adonis/Wow Factor メルボルンのポストパンク・バンドTotal CountrolのJames VinciguerraとF INGERSなどの活動でしられるエレクトロニクス・アーティストTarquin Manekによるコラボシングル。ダビーなリズム・プロダクションにフリー・フォームなクラリネットをフィーチャーした遊び心溢れるミュータント・テクノ・ダブ。ジャングルっぽいリズムに流れ込むSide1もいいがBasic ChannelとJohn LurieがコラボしたみたいなSide2が至高。Yl Hooiをはじめオーストラリアのアンダーグラウンドはとても面白い。 MOBBS / Untitled NTSのレギュラーも務めるサウスロンドンのDJ/プロデューサー、2017年以来のフルレングス。粗くざらついた質感のサウンドテクスチャーをベースに真っ暗な地下で鳴るインダストリアルなダンスホール、トラップ、ドリルなど14トラック。去年がSpace Africa「Honest Lobor」なら今年の気分は間違いなくこれ。ダンスホール・リディム集「Now Thing 2」のレーベル”Chrome”からのリリース。 IC-RED / GOODFUN 最高にSickな音を届ける詳細不明のラップデュオ、アムステルダムの”South of North”からリリースされたカセット作品。チカラの抜けたダルそうなラップとアブストラクトな電子音にポストパンク的DIYサウンド、Love JoysとThe Slitsが共演したみたいな奇跡の格好良さ。なんのルールにも囚われず鳴らされた音楽からしか聴こえないクールな佇まいに加えてひとつひとつの音選びには並外れたセンスが光る。 Jabu / Boiling Wells(Demos 2019-22) ブリストルのアーティスト・コレクティヴ Young Echoの3人組がひっそりとリリースしたデモ音源集。この作品で鳴らされるエコーまみれの甘美なトリップホップはこんな時代にもメランコリックでドリーミーな音楽が有効であることを教えてくれる。シンプルなドラムマシンに反響して溶け合うヴォーカルとシンセサイザー、現実に向き合うためにたまには音楽に逃避するのもいい。 V.A. / Ghost Riders Rising StormからNora Guthrieまで収録した名作コンピ「Sky Girl」やオーストラリア現行エクスペリメンタル・ダブYl Hooiのアナログリリースなどで知られる”Efficient Space”からまたしても最高コンピレーション。トワイライトなフィーリングを軸に超マイナー・フォーク~ガレージを17曲、アートワークから曲順まで拘られた丁寧な作りに感動。夏の終わりのように儚く美しい、プリミティブな録音物からしか体験し得ないムードを忍ばせた素晴らしい1枚。ラスト3曲の流れはいつ聴いてもぐっときます。 Yosa Peit / Phyton ドイツのシンガー、プロデューサーが2020年にリリースした1stアルバムをUKのインディーレーベルFireがDLコード付のホワイトカラー・ヴァイナル仕様でリイシュー。ジャンクでロウなブレイクビーツにNeneh Cherryを彷彿とさせる妖麗なボーカルが絡む「Anthy」は必聴。 Rosalia / Motomani フラメンコ、レゲトン、バチャータ、R&B、ヒップホップ、、、、をアヴァンギャルドに折衷したエキセントリックな超ポップアルバム。サンプルにも使われたBurialをはじめ、Arthur Russellなんかの意外なとこまで古今東西ジャンルレスな影響元をぶち込んだ変態的センス炸裂のプレイリストと併せて聴くと楽しさ倍増。ミニマルなフレーズの反復と魔法のチャント「Chicken Teriyaki」,Frank Ocean風バラード「Hentai」など、こんなイカれた音楽が世界中で聴かれているなんて最高だしアートワークもやばい。 V.A. / Pause for the Cause : London Rave Adverts 1991-1996, Vol.1~2 世界各地に埋もれたオブスキュアな音源を発掘&リリースするロンドンのレーベルDeath Is Not The End。本作は、90年代にロンドンの海賊ラジオで流れていたアンダーグラウンドなレイヴパーティの告知CMをミックスした超マニアックな内容。当時のロンドンクラブミュージックシーンの熱気を追体験できる最高のドキュメント。 V.A. / Pure Wicked Tune: Rare Groove Blues Dances & House Parties, 1985-1992 Death Is Not The Endからもう一作。本作は、80年代中頃から90年代初頭にサウス~イースト・ロンドンの小規模なダンスパーティーでプレイされていたDIYなカセット音源をコンパイルしたミックステープ。ソウルやファンクなどのレアグルーヴをサンプリングし、サイレンやトーストを加えレゲエマナーに仕上げた独自のサウンドは、新たなジャンルの誕生を予感させるものだったが、90年代初頭のクラブ・ミュージックの台頭の中で埋もれてしまったそう。UKのサウンドシステムカルチャーの隠れた一面を窺い知れる貴重な音源集。 Dawuna / EP1 ブルックリンのシンガーDawuna、2021年「Glass Lit Dream」も良かったけどこの最新EPも相当やばい。鼓膜の内側にグッとくるくぐもった音質のインナー・ソウル・バラードを3トラック、前作からあったビートの実験性を残しながらもNearly Godの内省とD’Angeloの官能を同時に感じさせるようなメロディとボーカル、無二の存在感。 Slauson Malone / for Star(Crater Speak) 我らがSlauson Maloneの2022年ニューEP。各楽器が去勢されたように静かなアンサンブルを奏でるSmile #8 (Je3’s Eextendedd Megadance Version for Star)(see page 182) 、Loren Connorsまで想起させるダークなアンビエント・ノイズSsmmiillee ##55の2曲を収録。マッドな質感を残しながらもタイトル通りのスピリチュアルな展開に次作への期待も高まるばかり。 Beyonce / Rennaissance 先行シングル「BREAK MY SOUL」が出た時から興奮しっぱなしだったけどアルバム冒頭Kelman Duran参加&Tommy Wrght Ⅲサンプルの「IM THAT GIRL」でブチ上がり、「ARIEN SUPERSTAR」まで息継ぎ出来ませんでした、かっこよすぎ。Kendrick LamarのDuval Timothy参加の新作でも思ったけどアンダーグラウンドと結びつきながらも圧倒的な作家性と表現のスケール感を崩さないバランス感覚はさすがとしか。 quinn / quinn Standing On The Corner、Slauson Maloneをフィバリットに挙げる17歳のラッパー/プロデューサー。絶妙な音の汚し方に脱臼したようなギター、変調したボイスサンプルのコラージュなどSOTCライクな要素は至るところに。しかし本作のハイライトは「been a minute」や「some shit like this」で聴けるロウなボーカルと内省的な胸をうつメロディにこそきっとある。 Babyfather , Tirzah / 1471 Dean Bluntの別名義Babyfather、Tirzahと DJ Escrowをフィーチャーしたニューソング。突然止まったり、つんのめったりするバグを起こしたワンループにTirzahのドリーミーなヴォーカルか乗るわずか104秒の素晴らしいUKソウル。Dean Blunt名義でリリースされたアコースティックな新曲「death drive freestyle」も要チェック、こっちは歌声が滲みる。 Quelle Chris / Deathfame デトロイトのヒップホップ・プロデューサー/ラッパーによる7作目。「Feed The Heads」、「Cui Prodest」あたりの埃っぽいローファイなビートとダビーなサウンド・プロダクション、「King in Black」のスクリューされたトリップホップ、Sun Raのヴォーカル曲のようなピアノ小曲「How Could They Love Something Like Me?」など、いわゆるオルタナティブと形容されるヒップホップ作品にはやや食傷気味だった自分にも相当刺さった。Pink Siffu、Navy Blue参加。 Warm Currency / Returns シンプルであることはとても重要、例えばギターひとつとっても和音を鳴らすのか短音で弾くのかそれだけでも大きく違う。シドニーのデュオWarm Currencyのデビューアルバムで展開される極限まで削ぎ落とされた静謐なフォーク・ミュージックは生活音や自然音を効果的にコラージュしリスナーにあらゆる情景を浮かばせる。この研ぎ澄まされた静けさはKali Malone、もしくはMaxine Funkeやalastair galbraithのファンにも届くだろう。 Big Thief / Dragon New Warm Mountain I Believe in You フォーク・ミュージックの歴史を無意識的に受け継いでいるかのような軽やかさとリアルな生活と地続きのサウンド。人間同士の繋がりがまだバンド・ミュージックにおいて魔法を起こし得るのだと教えてくれる真ん中に集まったミニマムなバンド・アンサンブル、それとは一転90年代初頭のニール・ヤングのようにハードなギターとレヴォン・ヘルムさながらのタイム感を持ったドラミングが印象的な来日公演も素晴らしかった。 Sam Esh / Jack Of Diamonds/Faro Goddamn アメリカのアウトサイダー・ギタリストSam Eshの音源集、オリジナルは90年代にリリース2本のカセットテープ。とにかく乾ききったサウンドとあまりにプリミティブな演奏が衝撃的なストリート・ブルース。荒々しくかき鳴らされるワンコードの反復と独自の言語(?)のハウリングによる異形のミニマル・ミュージック。 Born Under A Rhyming Planet / Diagonals Plus 8 から90年代前半にシングルを数枚リリースしている Jamie Hodge による未発音源集。恥ずかながらはじめて存在を知りましたがもう最高の音しかつまっていないピュアでソウルフルな電子音楽、スウィングするドラムマシンによるジャズテクノ「Menthol」「Fate」「Hot Nachos with Cheese~」、微睡みのダウンテンポ「Siemansdamm」、繊細なリヴァーヴ処理とシンセが煌めくコズミックな「Handley」、エクスペリメンタルなビートとアンビエントな雰囲気を纏った「Intermission」など全曲最高。 Valentina Magaletti / A Queer Anthology of Drums Al WottonとのHoly Tongueの新作も素晴らしかった打楽器奏者、デジタルオンリーだった2020年作がアナログリリース。ヴィブラフォンやトイピアノ、フィールド音を絡めながら打楽器のインプロヴィゼーションを展開する密林的エクスペリメンタル・パーカッション作品。呪術的な反復はときにMoondogやCanまで想起させる、いま一番刺激的なサウンドを届けてくれるパーカッショニスト。 CHIYORI × YAMAAN / Mystic High メンフィス・ラップとアンビエント、ありそうで意外となかった最高の組み合わせ。音の快楽性に加えてポップな歌メロもあって年始はこれと宇多田ヒカル「BADモード」、Cities Aviv「MAN PLAYS THE HORN」ばかりリピート。とりわけ本作のアンビエント的メロウネスとメンフィス・ラップ由来のチープな質感による気持ちよさは中毒的。 V.A. / SUBLIMINAL BIG ECHO 今年1番のサイケデリックな音盤!ジャパニーズ・アンダーグラウンド音楽家11組がDUBをテーマに持ち寄った脳みそトロける12トラック。Hair Stylisticsの超ドープなスロー・ダブからTOXOBAMへの流れがいつ聴いても最高。TOXOBAM「HOT GOTH」のリリースで知られる”SLIDE MOTION”から。 Hallelujahs / Eat Meat, Swear an Oath ラリーズのオフィシャル・リリースは事件だったが日本のサイケデリック・ロックにおいてはこれも忘れちゃいけないはず、ハレルヤズ86年作実に25年ぶりのリイシュー。Galaxie 500をはじめとするスローなサイケデリック・ギターロックに先んじて鳴らされたいま聴いても新鮮な楽曲達。フィジカルでは手に入れづらい状態が続いていただけに嬉しい再発です。リリース元は日本のアンダーグラウンド音楽を多数リリースするアメリカのBlack Editionsで来年はWhite Heaven 「Strange Bedfellow」のリイシューも予定されている。 Charles Stepney / Step on Step シガゴの伝説的プロデューサー、アレンジャー、作曲家Charles Stepneyによる70年代宅録音源集。チープなヴィンテージ・リズムボックスとアナログシンセをメインにホーム・レコーディングならではの親密さを感じさせる23トラック。Angel Bat DawidやJeff Parkerなどをリリースするシガゴの名レーベルInternational Anthemのナイスワーク。 HiTech / Hitech デトロイトの天才Omar Sの”FXHE”からリリースのゲットー・テクノ・デュオ。ハウス、トラップ、フットワークなど多彩なビートを操り夜の街をクルーズする洒脱なシティ・ミュージック。メロウなシンセもフィメール・ヴォーカルも絶妙にちゃらくならなくてそこが良い。これがきっと都会の音楽。 OMSB / Alone think god以来、7年ぶりのフルレングス。2020年以降多くの人が考えただろう当たり前の大切さとかありふれた幸せ、不味いたこ焼きを食ったり暇持て余して公園行ったりする「One Room」の日常はそんな当たり前を特に美化するわけなく淡々と少しだけユーモラスに切り取っている。人それぞれの日常にそれぞれの孤独が転がっている、そんな当然のことを教えてくれる。 Whatever The Weather / Whatever The Weather 朝のしんとした空気には静謐なアンビエント”25℃”、ドリルンベースの“17℃”は帰りの電車で、寒くなってからはメランコリックなシンセ・トラック“10℃”が肌にあう。Loraine Jamesアンビエント名義のデビュー作はアーティスト名通り、温度や湿度を感じさせるようなエレクトロニック・ミュージックであらゆるシチュエーションで良く聴いた。渋谷CIRCUS公演も最高だった。 V.A. / To Illustrate レゲトンにインスパイアされたクラブ・ミュージックやダウンテンポ、UKベースの変種などbpm100前後で展開される低いテンポの先鋭的エレクトロニック・ミュージックをwisdom teethがコンパイル。大阪のabentisによるアンビエントなフィールを持ったダンスホール「Bicycle」、同じモードのFactaとYushhの「Fairy Liquor」、韓国のsalamandaのメロウなダブ・ステップ「κρήνη της νύμφης」あたりが個人的には白眉。... The Oz Tapes / 裸のラリーズ 発売記念リスニング・パーティー @渋谷WWW X会場内BGMはMJQ。気のせいかさりげなくDUB Mixが施されてるような。お香も焚かれていい雰囲気。ステージ向かって正面の壁一面はスクリーンが張ってあって、両端には水谷孝本人のものと思われるギターとアンプが設置されている。ステージ向かって右にビグスビー付きの黒いFenderテレキャスターとギターアンプGuyatone 2200。向かって左はやはりビグスビー付きの赤いGibson SGとこちらもキャビのみ右と同じGuyatoneで、ヘッドがMarshallというセット。 MJQにフェードインする形でオープニングアクトYoshitake EXPEの演奏がスタート。エレキギターによるインストで、明快なテーマが数珠繋ぎに切れ目なく展開していく素晴らしい演奏。どこまでも伸び続けるようなサスティーン音に我知らずうちに浸りきっていると、突然照明が激しく点滅し同時に大音量のフィードバックギターが鳴り響いた。それまでの顕微鏡を覗き込んでいたようなピースフルな雰囲気が一転、ドレによるダンテ神曲のあの世界に。軽く恐怖を感じた。地響きのような大音量ではあるけども超重低音のそれではなく、中低音に焦点の合ったボコっとした音像で、下腹部~胸のすぐ下あたりを中心に全身へ振動が響き渡って気持ちがいい。身体が揺れて思わず踊り出したくなる。The Velvet UndergroundのQuine Tapesのような親近感と、この時点ではまだ原石の輝きというか、ならではの愛らしさと激しさの眩惑感で満ちていて、The Original Modern Loversのような瑞々しさ。凶暴でありながら素朴で懐かしい音を奏でるバンドのこの圧倒的な個性は、やはりリーダー水谷孝の資質によるものなのだろうか。曲がレコードA面最後の“白い目覚め”になると、正面スクリーンに水谷孝とバンドの写真の数々が投影されて、胸がいっぱいに。写真は過去何度となく目にしてきたものだが、とにかくかっこいい。常に気品というか可憐さみたいなものがあって、これまでも目にするたびに思ってきたことだが、やっぱりいつ見てもかっこいい。 裸のラリーズといえばノイズギター。とまずはなるけれど、同じくノイズギターと形容されるようなUSオルタナ、或いはUKシューゲイザー、そのどちらとも違うものだと個人的には思う。特にThe Oz Tapesでは、後の’77 Liveともまた違う剥き出しのバンドの姿が収められていて、The Velvet Underground、Jimi Hendrix、60年代後期サンフランシスコのサウンドetc…、それらが渾然一体となってこちらに向かって転がってくるようなグルーヴ感がかっこいい。サイケデリアという視点から考えてみると、アシッドなロックからMJQまでを横断する開かれたセンスは、今こそ広く聴かれるべきものがあると思う。Trad Gras Och StenarとShin Jung-hyeonと並べておきたくなるこのレコードの再発レーベルの大元がLight in the Attic Recordsというのに納得だ。 本公演はリキッドライトが全編に渡ってステージ上スクリーンに映し出される演出がなされていて、これがとても素晴らしかった。繰り返すリズムと響き渡るエコーに映像空間がリンクして意識がフラクタル状に溶けていくような、そんな音楽の醍醐味がたっぷり味わえた。さらに久保田麻琴によるライブMix、会場の音が本当に素晴らしく、まるで生きているかのようなバンドサウンドで、レコードを聴いて改めてあの場の凄さを実感した。 ラスト曲でステージ左右に設置されていたギターアンプがオン。バンド演奏のフィードバック音がもつれ重なり混じりあって回転し続ける音像がとてもかっこよかった。... Slauson Malone / for Star (Crater Speak)あぁこれは最高の音だ。再生すると聴こえてくるサーフェイスノイズ、そして奥からは丸みを帯びたベースにアナログな質感のシンセサイザーとボイスサンプル。それらの完璧な鳴り、汚れ具合と配置、ただそれだけで何にもかえ難い魅力がある。Slauson Malone 久しぶりのEPに収録の 「smile #8 」にはまずそのサウンドの生々しさやられてしまった。前作ではアコースティックギターを多用していたが今回はベース、ということなのだろうか?とにもかくにも主旋律を奏でるベースギターのミュートされた絶妙な軋みはもうそれだけで充分気持ちが良い。前作からの変化といえばレコードのクラックルノイズが全編でなっていることも大きい。BurialといいCaretakerといいレコードノイズに魅了される人達の音楽に共通してある幽玄な仄暗さは2曲目のssmmiillee ## 55にたっぷりとつまっている。BurialはもちろんLoren Connorsまで想起させるノイズにまみれた甘美なダークアンビエントは間違いなく彼の新しいスタイルになるだろう。即完売だった12inchの再プレスを熱望!!これはレコードで聴きたいよね。... Are You Experienced『Rくん』?君は『Rくん』を聴いたことがある?というか体験したことがある?ないならいますぐ bandcampで買おう。黒バックにゴシック体の怪しいジャケット、匿名的なタイトル。きっと検索には引っかからないだろう。東京で活動するシンガーソングライター、ダニエル・クオン(Daniel Kwon)による変名プロジェクトである本作は2013年リリース当時、超局所的にではあるが多くの賞賛と驚きを生んだ。少なくとも僕の周りの数少ない音楽好きはそうだった。 はじめて聴いたのは立川の珍屋というレコード屋だったと思う。ハーシュノイズのような雨音、街の雑踏や波の音、サイレン、ナレーション、校内放送などが次々とコラージュされていくエクスペリメンタルで一聴して偏執的な拘りを感じるポップアルバムに思わずレコードを掘る手も止まった。録音は当時ダニエル・クオンの職場であった小学校と自宅スタジオで行われたらしい。子供の遊び声や給食放送らしき献立の紹介に合唱などあどけない小学生の声は多くの曲で聴くことが出来るし、グランドピアノやヴィブラフォン、ティンパニなどの音楽室の楽器達が本作にはよく登場する。 僕はこのアルバムに出会ってからというもののしばらくは『Rくん』の世界から抜け出せなくなってしまった、いまでもたまに聴くとやはりなんだか危うい気持ちになる。危うい気持ちというのは、あんまり深入りしちゃいけないのにどうにも抑えがきかない感じというか、つまりとにかく中毒的で気軽に覗いてはいけないものを見てしまった時の様な不思議な魅力がある。とりあえず冒頭の「Rainbow’s End」だけでも聴いてみてほしい、出来れば大きい音でヘッドフォンで。雨音のようなノイズからはじまり、囁かれる”レッツゴー、ワントゥー、レッツゴー、ワントゥー”。ダークで美しい響きを持ったメロディはもちろん、とにかく拘られた録音とミックスからは遊び心を超えた何かやばみを感じさせる。左から流れる不穏なシンセサイザーの持続音を断ち切るように唐突に入るアコギ、右から左へと侵食していく波の音、サイレン、スネアロール…ここまでくればあとはもう音に耳を任せるだけだ。もう一曲選ぶなら「Happy4ever」だろう、ここではまるで映画『インセプション』のように——脈絡のない他人の夢や脳内を漂っているかのような感覚を僅か11分でユーモラスに表現してみせる。 バンドミュージック、ヒップホップ、テクノ、ハウス…ジャンルを問わず、あるひとりのアーティストの内面や作家性が強烈に出た作品——録音、編集、ミックスをダニエル・クオンがほぼ1人で手がけた本作からは他者との交わりではないところから生まれたアート、それにしかない引力がある。ややラフな質感の穏やかなエンドロール「#9」で彼は日本語でこんな風に歌ってアルバムが終わる。 “金縛りはないよ、ほとんどないんです 頭が真っ白” bandcampではタイトルが『Love Comedy』に変更されジャケットも差し替えられているが、$5払えばすぐに買える。異国の地の音楽室やアパートで作られたねじれたダークファンタジー、ひっそりとでいいから語り継ぎたい名作だ。 ちなみにCDのブックレットには大島渚をはじめとするスペシャルサンクス欄があって、作品を読み解くヒントにもなりとても面白い。... Cities Aviv / MAN PLAYS THE HORN2018年『Some Rap Songs』を最大公約数に連なるエクスペリメンタルな作品群にはMIKEやNavy Blueを筆頭にグッとくるタイトルも多かったが、ここ最近はやや食傷気味だった。そんな中聴いたメンフィスのラッパー Cities Avivのニューアルバム『MAN PLAYS THE HORN』は確かに2018年以降のアンダーグラウンド・シーンとの連なりを感じさせながらも一線を画すオリジナリティ溢れるサウンドが刺激的な一枚だ。 グリッチなサンプルとアブストラクトなビートこそ先述のシーンからの流れを感じさせるもののそこにアンビエント〜ダウンテンポ的なまどろみとメンフィスラップ、ヴェイパーウェイヴ風のざらついた質感をコラージュしたストレンジな音像はどこか懐かしくも近未来的で時代や地域性にクエスチョンマークが浮かぶ未知のサウンド。深海のようなサウンドスケープが印象的な12分間にわたるドリーミーなダウンテンポ「SMOKING ON A BRIGHTER DAY」、リヴァーヴまみれのトリップホップといった趣きの「STREET LAND ON ME」「THE FINAL SPARK」あたりの内省とメロウネスも魅力的だし、「THE SUN THE MOON THE SPA」や「BLEUS TRAVELER」はだらしない昼下がりに最適なドープでサイケデリックなソウルサンプルが美しくとにかく心地よい。 気がつけば快楽的な音楽をのうのうと楽しめるような世界じゃなくなってしまったけれど、こういう時こそ逃避的な音楽は必要だ。一日中スマートフォンと見つめあっても埒があかない。直視出来ない世界と向き合うためにも全26曲82分(デラックス版は35曲115分!)、たまにはレッツトリップといきましょう。... Mystic High / CHIYORI × YAMAANこれはめちゃくちゃ気持ちいい!!Hip Hop〜ソウルシンガー CHIYORIとプロデューサーYAMAANによるメンフィスラップとアンビエントにインスパイアされた初の共作アルバム。 アンダーグラウンドなメンフィスラップ特有のローファイ&チープな質感と浮遊感のあるアンビエント的シンセがどこまでもミスティックハイな気分にされてくれる快楽音楽。80年代のマイナーなシンセウェイヴやPPUが発掘する様なブギー&ソウル、90年代にひっそり作られた宅録テクノ(そしてもちろんメンフィスのアングラなカセット)などで聴けるある人にとっては最高に気持ちいい音、そんなサウンドをひたすら追求したような清々しさと音楽愛に溢れた一枚。初期ワープを想起させるインスト”Intro”にはじまり、全サウナーのアンセムになり得る快楽度数MAXのチルトラック”水風呂”、ミスティックなムードを持った秘境系アンビエントR&B”Nature”、Gラップとアンビエントのありそうでなかっな邂逅”すごい”など散歩にも家聴きにも森林浴にもジャストな全10トラック。クールなアートワークにビデオまで最高です。... 『かけ足が波に乗りたるかもしれぬ』菅野カラン「狂ってる?そうね世界がね フフッ」 なんとも不敵な笑みで教師が課した俳句40句の創作という夏休みの宿題。主人公の桜子と瑞穂はそんな狂った課題に辟易としながらもある方法でクリアしようとする。それは5文字と7文字のテキトーな言葉が書かれた色違いの付箋をランダムにひくというもの。しかし当然そんな方法ではすぐには上手くいかず、2人は旅に出れば俳句が出来るはず!と思い立ち、家庭の事情から離れて暮らす桜子の母のもとへと家出をはかる。 10時間の道中も2人は俳句を作りつづける。はじめはなんの意味ももたなかった言葉の羅列は母親のもとに近づくにつれ少しずつ意味を持ち始め、3つの付箋から偶然に生まれていた俳句はやがて2つの付箋になり、そして目的地にたどり着く頃にはオリジナルの一句が完成する。真似事から始まった俳句が車窓から見える風景の移り変わりとともに、少しずつ変化していく。その移り変わりはまるでミニマルテクノのようにさりげなく、創作の喜びに気づく彼女達の感情が見事に表現されている。なにかを作ることの面白さや感動、それに出会った瞬間のきらめきが最高純度で描かれているのだ。 象徴的な長い橋や深い森、暗く長いトンネルを抜け、その先に待っている母親。何日いてもいいよという母親に対して、桜子は凛とした横顔ですぐに帰ることを告げる。理不尽なおばあちゃんや話を聞いてくれないおとうさん、そんな厳しい日常にあえて帰ろうとする桜子。世界はいつも狂ってる、きっと狂ってない世界なんてどこにもないのかもしれない。だけど桜子は俳句と出会い、風景はどんな風にも変えることが出来ると知った。ひと夏の少女達の成長譚を通して、表現することの根っこにあるものまで描いてみせた、音楽、映画、漫画、文学…あらゆるアートに人生を救われたことのある全ての人に届いてほしい作品です。 第80回ちばてつや賞佳作受賞作「かけ足が波に乗りたるかもしれぬ」 コミックDAYS... FYOC Favorite List 2021今年はいろいろな形でFYOCに関わってくれた皆様に2021年のお気に入りの作品を選んでもらいました。ニューリリースも再発もあり、アンダーグラウンドなビート・ミュージックから映画、ドラマ、漫画までFYOCらしい独自のリストになったと思います。シーンや時代の流れとは何ら関係なく極私的に選ばれたこのリストであってもなんだか2021年を感じさせてくれるから不思議です。今年はいろんな事情もあり清々しいほどマイペースな更新になってしまいましたが、2022年に向けて色々とワクワクするような企画も準備中、とりあえずはこちらのリストでもって2021年を振り返ってみました。このページで紹介されている作品にさらに数十曲プラスした(Spotifyにあるものだけです)プレイリストも最下部に貼ってます。正月休みの暇時間のお供にどうぞよろしくお願いします! Dean Blunt / BLACK METAL 2 元Hype Williamsの片割れによるニューアルバムは全編に腑抜けたギターをフィーチャーしたソフトサイケデリック、もしくは異形のアシッドフォークアルバム。あらゆるものから距離を置くような孤独でくたびれた歌がなにより素晴らしい、前向きさとはかけ離れたある人にとってはとてもひたむきな音楽。 Spotify bandcamp V.A. / SPLINT ブリストルのネットラジオ局兼インディレーベル“Noods Radio”によるコンピシリーズ第二弾。乱打されるトライバルなパーカッションにスペイン語のフィメールボーカルが乗るミュータントなラガマフィン「Azione Reazione」など、乱暴なダンスホールナンバーに痺れる一本。カセットのパッケージもイケてます。 Spotify bandcamp Eva Noxious / Anti Todo チカーノ・フィメール・ラッパーEva Noxiousの音源をオランダのエレクトロレーベル“Bunker”がコンパイル。爆音で聴きたい粗悪なビートと意外(?)にもドリーミーでフローティンな上モノが最高に癖になるG-Funk〜Phonk。あっという間に聴き終わる、全13曲23分。 Space Africa / Honest Labour NTSのレジデントも務めるマンチェスターのデュオ最新作。最初はダブっぽかった前作の方が好みだったけど、ディープなエレクトロニクス〜ダウンビートを聴かせる今作も聴けば聴くほど良い。アンビエントトラックであってもUKガラージ由来のざらついたストリート感があって何よりそこにグッとくる。 Spotify bandcamp DRTYWHTVNS / Aloof “Orange Milk”からリリースされたUSのラッパー兼トラックメイカーのデビュー作。トラップ、エレクトロ、ディスコ、ハウスをミックスしたカラフルでキャッチーなサウンドながら、”資本主義の世の中でインディペンデントな音楽活動を続ける事に対する苦悩”が歌われているというギャップに2021年らしさを感じる。 Spotify bandcamp KM / EVERYTHING INSIDE 今、飛ぶ鳥を落とす勢いのプロデューサーによるアルバム。このアルバムはリリースされてから今までコンスタントに聴いていた印象なので、個人的に今年1番聴いたんじゃないかなって思います。アルバム通して心地良いんですよね。朝昼晩いつでも聴ける感じ。中でも1、3、4曲目あたりが好きでよく聴いてました。ワンマンライブにも参戦して、人生初の最前列でかなりヘッドバンギンさしてもらいました。これからの活躍にも期待大! Spotify 『逃げた女』ホン・サンス監督 これまでの集大成と思えるような完成度でありつつ、新しいフェーズに入ったかのような清々しさ。ホン・サンスと言えばのズームインはあれど、物語時間軸の入れ替えや繰り返しなど無くとてもシンプル。ひとりのごく個人的な映画のようでいて、この開かれた風通しの良さは一体なんだろうと思う。寂しげな影をひきつつ明るいムードを纏う主演キム・ミニの佇まいが素晴らしい。 Patrick Shiroishi / Hidemi ロサンゼルスの日系アメリカ人サックス奏者によるエスペリメンタル・ジャズ・アルバム。情感溢れるセンチメンタルなフレーズがミニマル・ミュージック的反復のうえで現れては消える多重録音サックスソロ作。実験的ながらもミニマルなフレーズのループは体を揺らし、ときにエモーショナルなフレーズに心まで揺さぶられます。 Spotify bandcamp Yl Hooi / Untitled オーストラリアはメルボルンの地下で活動するアーティスト。詳細はいまいち不明。オリジナルリリースはメルボルンの良質レーベル“ALTERED STATE TAPES”のカセット音源。80年代ダブの質感をアンビエント〜バレアリック以降の感覚でD.I.Yに表現したエクスペリメンタル・ポップ。マッドなビートが気持ち良すぎる「Prince S Version」、Love Joysのメルトダウン・カバー「Stranger」などが白眉。 Spotify bandcamp 『ブラック・ウィドウ』ケイト・ショートランド監督 本格アクションを織り交ぜ綴られる登場人物それぞれの距離感、そこから提示される家族像にしみじみ。シリーズものとしての制約やジャンルの枠が、創作物語を成立させていたり、テーマや表現の工夫を生んでいるのではないか。往年の70年代アメリカ映画みたいなコンパクトかつ熱い感動と重ね合わせて観てしまうのは、そうしたところからかもしれないと思う。 BLAWAN / Woke Up Right Handed EP UKのテクノプロデューサーBLAWANがバチバチに攻め攻めなフロアボムを投下。UKベース、ブリープテクノ、インダストリアル、ポストダブステップなどなどをハードにミックス。「Under Belly」の突っ込みすぎて割れちゃった感じのシンセとか最高。 Spotify 99 Neighbors / Wherever You’re Going I Hope It’s Great 昨年リリースしたシングル「GUTS」がとにかく格好良くて気になっていた、アーティスト集団によるアルバム。ラッパー、シンガー、プロデューサーが在籍しているので、曲ごとに魅せる顔が違って、メロウだったり、妖しかったりで1枚通して楽しめるから好きでした。BROCKHAMPTONと比較されがちみたいですが、個人的には格好良ければ何でも良いので、これからも動向を追っていきます! Spotify 『フリーガイ』ショーン・レヴィ監督 現代的な題材や当然のCG映像表現ながら、古典的なアメリカコメディ映画のような愛らしさを感じた。特にライアン・レイノルズ演じるガイとその友人である銀行警備員との間には、とても感動的なバイブレーションがあって、ラストふたりの邂逅においてルネ・クレール監督『自由を我等に』を連想し思わず涙。チャップリンやキートン映画のようにイキイキ楽しい作品。 Leslie Winer / When I Hit You – You’ll Feel It 早すぎたトリップホップ、Leslie Winerの未発曲含むアンソロジー盤。90年代初頭の香りがムンムンする無骨なビートとダンスホール由来のマッシヴなベースラインが耳と腰にグッとくる今まさに最高な音、初出曲「Roundup Ready」だけでもマスト。アートワークだけが少し残念! Spotify V.A. / Late Night Tales Presents Version Excursion Selected by Don Letts 1978年のジョン・ライドン初ジャマイカ渡航にジャーナリストで近年自身の音源が再発されたビビアン・ゴールドマン(著作『女パンクの逆襲 フェミニスト音楽史』12/23発売)と同行し、フィルムメーカーでTHE SLITSのマネージャーでBig Audio Dynamiteのメンバーでもあるドン・レッツ。その彼の選曲によるJoy Division曲のレゲエDUBカバー含む全曲素晴らしいコンピレーション。 Spotify 『ジャングル・クルーズ』ジャウム・コレット=セラ監督 全体の出来というか、設定、脚本等の完成度その他諸々に思う事は色々とありそうなのは確かだとしても、テンポといい美術といい個人的にかなり好み。漫画『タンタン』や小説『エルマーの冒険』を読んだ時のような気持ちになってワクワク楽しんだ。追いつ追われつが螺旋状に広がる物語構造と世界を彩る明暗のコントラスト具合にニール・ゲイマンの小説も連想した。 Brainstory / Ripe EP 今年の夏はほとんど出かけてないから大体これでトリップ、“Big Crown”オール髭面バンドの最新EP。メロウな歌ものも相変わらず素晴らしいがソファーか沈み込んでいくようなドープで陶酔的なインスト曲が堪らなく気持ち良い。サイケデリックで清々しいほどにだらしない最高の一枚。 Spotify bandcamp 『ハイ・フィデリティ』 2020年のHulu作品が今年Disney+で配信されて視聴。原作小説と映画版とは違うトーンで再構成されていて、テーマの切り口などは同じNYが舞台のNetflix『マスター・オブ・ゼロ』と少し似てる。この作品ならではの劇中音楽やレコードの扱いは変わらずとても魅力的で、フランク・オーシャンはかかるし、当然のようにNumeroの再発に親しんでいるような選曲。音楽監修クエストラブ。 Awich / 口に出して まずは姐さん、祝・武道館!今や日本のHIPHOP界で文字通り最先端にいらっしゃるAwich姐さんのシングル曲にだいぶ食らいました。いやー、格好良い!!ダブルミーニング的な内容のリリックがもう堪りません!今年は2回ライブに行かせて頂いて文句なしに最高だったし、武道館ももちろん参戦予定です。どっぷりハマってます。はい。これからも付いて行きます! Spotify Wool & The Pants / 二階の男 MAD LOVE Recordsと初台のギャラリーLAID BUGの共同リリース「TWIG EP」収録曲。路上から密林に迷い込んだMoondog的エキゾ・ヴォーカル・ダブ??スローかつ重心低めにクルーズするビートとロウでスモーキーなヴォーカルに高まり、アウトロのサックスで昇天する傑作曲。クールなアートワークの限定10inchは探せばまだ買えるはず。 『わたしの“初めて”日記 Never Have I Ever』 Netflixドラマ。今年シーズン2が配信されて視聴。いわゆるアメリカ学園ドラマで、突然父親を亡くしてしまった10代の主人公を中心に笑いあり涙ありの日々がテンポよく描かれる。製作総指揮がミンディ・カリング(映画『ナイト・ビフォア』でセス・ローゲンにドラッグ詰めをプレゼントしたその妻役の俳優)と知るとより納得感が高まる内容。22年シーズン3配信予定。 Tiziano Popoli / Burn The Night – Bruciare La Notte : Original Recordings 1983 – 1989 イタリアのミニマル・コンポーザー80年代の録音をまとめたコンパイル盤、リリースはRvng Intl.とFreedom To Spendのダブルネーム。ミニマルなシンセ×Roland TR909ドラムマシンによるアヴァンニューウェーブポップ、アンニュイな脱力ヴォーカル入りのIunu-Wenimoなど2021年的にジャストなサウンドも多数。 Spotify LAYA / Bitter 2021年、個人的発掘アーティストはこれ。ジャケットは派手なのに、曲は全然派手じゃない!音数少なめの今っぽいR&Bなんですが、HOOKが良いのと、ビジュアル含めてドンピシャだったので彼女が1番の収穫でした。昨年には「SAILOR MOON」なる曲をリリースしていたようで、ジャケットとMVがまんま過ぎて、ネタ系かな?なんて聴いてみたら意外に良くて度肝ブチ抜かれました。ひょっとしたら、ひょっとするかもなスター性を秘めてる気が…。要チェケラ! Spotify Snoh Aalegla / TEMPORARY HIGHS IN THE VIOLET SKIES デビュー時からずっと好きでアルバムがリリースされる度に前のめりで聴いてるSNOH AALEGRAの最新作。リードシングルの「LOST YOU」からして格好良さがハミ出てましたが、やっぱり良かったですね。声が最高というかもうツボなんです。以前ビルボードでのライブが中止になってしまったので、いつかは生で拝みたい。 Spotify 『つつがない生活』INA 現実に寄り添いながら、現実を飛び越えるような表現。そのバランス感覚が最高。これだけ生活の匂いを感じるマンガがあるだろうか。ストレスは日常でぼとぼとと地面に落とされていく。取り除いていくことは不可能だけど、実はそれを路傍で拾い上げる事がふと救いになることもある。ラストできらめくイヤリングが象徴するようにどこかで続いていく生活がひたすら愛おしい。 http://to-ti.in/product/tsutsukatsu 澁谷浩次 / Lots Of Birds バンドyumboのリーダー、澁谷浩次初のソロアルバム。ロバート・ワイアット『ロック・ボトム』やルーリード『コニー・アイランド・ベイビー』の隣に並べたいような、1人でこっそりと聴きたくなる親密で静かでユーモラスな11の小さな物語を収録。志賀理江子の写真を使用したアートワークも素晴らしい。 bandcamp V.A. / Wounds of Love: Khmer Oldies, Vol.1 サウンドシステム導入以前のジャマイカ音楽に焦点をあてたシリーズ『If i had a pair of wings jamaican doowop』が刺さりまくったロンドンの発掘専科Death is not the endのニューリリースは60年代カンボジアン・オールディーズ・コンピレーション。いわゆる辺境ものコンピとは一味違う、気を衒わないセレクトに感銘をうけます。何の変哲もないただの名曲l Love Only Youに涙。 Spotify Ruth Mascelli / A Night At The Baths ニューオリンズの No Waveパンク、Special Interestのメンバーによるインダストリアル・テクノなソロ1作目。フロア仕様のハードテクノもイカすけどトリッピーなシンセのアンビエントトラックがええ感じで良く聴いた。クールなアートワークはやっぱりStudio Tape Echo。 Spotify bandcamp Eve Adams / Metal Bird カナダのポストパンクCrack Cloud界隈から現れたシンガーによるフォーキー・バラッド集。リンチ作品あるいはダグラス・サーク作品に漂う50年代アメリカの妖気に満ちたダークでメランコリックな一枚。Military Geniusによるサイケデリックな味付けのプロデュースも絶妙。 Spotify bandcamp 『僕らのままで We Are Who We Are』 イタリア内のアメリカ、キオッジャ米軍基地で暮らすティーンとそれを取り囲む大人達との青春群像劇。眩い陽光の下を彷徨う主人公フレイザーを追い続ける陶酔的な第一話から一気に駆け抜ける全8話。大人も子供も正しさなんて分からないまま、揺らぎ続ける感情とその一瞬を焼き付けたルカ・グアダニーノの鮮烈作。最高! 『Covid 33』山本美希 いま未来の話を書くこと。たとえその未来が明るい未来でなくとも、そこにあるかもしれないかすかな希望をキャプチャーしようとすること。いまだ感染症が蔓延する2037年を舞台に創作と祈りについての短編20ページ。ランバーロール04に掲載。 http://to-ti.in/product/covid-33 『すばらしき世界』西川美和監督 人生の大半を刑務所で過ごした元ヤクザの男が、還暦を前に出所し、社会復帰のために悪戦苦闘する物語。生活保護の実態と自己責任論、格差社会とキャンセルカルチャー、息苦しく閉塞的な現代の日本を「すばらしき世界」というタイトルでユーモラスかつ切実に描いた2021年最も心に響いた作品。... 澁谷浩次『Lots of Birds』“時間が限られていたことに今になって気づいたんだ”『限られた時間内に』 レコードの針を落とすと穏やかなピアノとヴァイヴ、そのあとに続く軽快なリズムに乗せてそんな風に歌われる。 ボソボソとしたどこかぶっきらぼうにも感じる歌声は喜怒哀楽そのどれとも似つかず、だけれども同時に全てを内包しているような不思議な魅力をはらんでいる。平熱のようでいとどこまでもエモーショナル、たとえばルー・リードやピーター・ペレット、そしてロバート・ワイアット、そんな偉大すぎるヴォーカリストまで思いだしてしまうほどだ。僕は2曲目のIt will be winter soonの歌い出しとスライドギターの始まりを聞いて鳥肌が止まらなかった、というか少し涙目になった。もうすぐ冬が来ることしか話すことがない2人、人と話さずにすむ仕事を見つけてラッキーだという主人公の静かな歌、それがなんでこんなに心に響くんだろう。 仙台を拠点に活動するバンドyumboのリーダー澁谷浩次のソロアルバム『Lots of Birds』のなかで主人公は限られた時間の中、いままで出会ってきた人達を思い出すように、失われていく記憶を日記に書き留めるように歌にしていく。いつ人生が終わるかなんて本当に分からない、最近は特によく考える。そんなことを考えながら思い出すのは昔すこしだけ働いた職場の同僚だったり、いまは連絡先も知らない知り合いやかつての恋人…走馬灯のようにゆっくりと流れていく11の曲、最終曲『あまり知られていない芸術家』を聴き終わる頃には僕はいつも曖昧な記憶の中をふらふらと彷徨っている。 “僕は大勢の芸術家と出会った成功してる人も居るけどほとんどの人はあまり知られていない”(中略)“そんな人たち目の前に集めて歌を聴いてもらいたいんだ僕の時間は限られている誰かに思い出してもらい全員と語り合うには”『あまり知られていない芸術家』 1stブレスのレコードはもう中々手に入らないかもしれないが再プレスの予定もあるらしい。出来れば志賀理江子による素晴らしいアートワークと歌詞カードを見ながら向き合ってほしい作品だ。ちなみに僕はレコードもbandcampも買った。家でも移動中もこればかり聴いている。 世界中に熱心なファンを擁するyumbo(ユンボ)のリーダー/シンガーソングライター、澁谷浩次のオリジナルソロアルバム。Maher Shalal Hash Baz(マヘル・シャラル・ハシュ・バズ)のメンバーとしても知られている澁谷によりコロナ禍の東北で録音された邂逅と別離についての11の私的な物語は、この流行病の時代に普遍的に鳴り響く。 参加ミュージシャン;澁谷浩次 (yumbo)瀬川雄太 (subtle)ゲストミュージシャン:元山ツトム (EDDIE MARCON)カバーフォト:志賀理江子デザイン:森大志郎 Bandcamp... いまはもうないけれどここに存在しているー今泉力哉『街の上で』「誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる」 冒頭のナレーションのこの言葉に尽きるだろう。『愛がなんだ』『あの頃。』などで知られる今泉力哉監督の最新作『街の上で』は「不在の証明」という難儀なテーマをノスタルジックになることを巧妙に回避し、軽やかにそしてユーモラスに表現することに成功した稀有な一本だ。 「愛がなんだ」の今泉力哉監督が、下北沢を舞台に1人の青年と4人の女性たちの出会いをオリジナル脚本で描いた恋愛群像劇。下北沢の古着屋で働いている荒川青(あお)。青は基本的にひとりで行動している。たまにライブを見たり、行きつけの古本屋や飲み屋に行ったり。口数が多くもなく、少なくもなく。ただ生活圏は異常に狭いし、行動範囲も下北沢を出ない。事足りてしまうから。そんな青の日常生活に、ふと訪れる「自主映画への出演依頼」という非日常、また、いざ出演することにするまでの流れと、出てみたものの、それで何か変わったのかわからない数日間、またその過程で青が出会う女性たちを描いた物語。 カットされた自主映画の出演シーン、留守電の応答メッセージに残されたいまはもう亡き人の声、彼女と食べるはずだったバースデイケーキ、そして日々再開発の進む下北沢の風景。それらはいま誰も見ることは出来ないけれど確かに存在しているものの象徴としてさりげなくも印象的に登場する。「不在の証明」といったが、正確にいえば「不在の存在の証明」というべきだろうか。いまはもう存在しないものをフィルムの中に残すことがこの作品のテーマのひとつであることは冒頭のナレーションからも明らかだが、本作の面白さはそれが過去(かつてあったもの)へのノスタルジックな眼差しではなく、あくまでもいまここにあるもの(誰もみることは出来ないが)として描かれていることだ。誰も見ることはないけど 確かにここに存在して”いた”のではなく誰も見ることはないけど 確かにここに存在して”いる”のである。だからこそカットされた自主映画の出演シーンはある人の中でいまも残り続け、亡き人の留守電に電話をかけることによってその人はいまも存在し、食べられることのなかった誕生日ケーキは時を経て冷蔵庫から発掘され、移りゆく下北沢の街は工事中の風景そのままがスクリーンに映される。 古着屋で働く主人公”荒川青”を中心に彼を取り巻く4人の女性達との他愛なくもどこか笑ってしまう愛すべき日常や、文化の街下北沢をに暮らす若者達の生活を少しあざといくらいのカルチャーの引用(魚喃キリコ漫画の聖地巡礼をする若い女性やヴェンダースのベスト作品を巡る男2人のカフェでの会話など)を用いて丁寧に切り取った本作はパンデミック以降、かつての当たり前が遠くに感じられる今こそより胸に響いてくる。下北沢の街をふらふらと彷徨いつづける青の暮らし、本作がスクリーンに映しだすささやかな日常はかつて”あった”ものではなくいまここに”ある”ものなのだ、きっと誰もみることはないけれど。 出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚成田凌(友情出演)監督:今泉力哉『愛がなんだ』脚本:今泉力哉 大橋裕之映画『街の上で』公式サイト:https://machinouede.com/... 『ビーチ・バム まじめに不真面目』の不真面目さ「Fun is a Fucking Gun」、楽しく生き続けるのは本当にハードだ。やりたい事だけやってりゃあいいのに、いつのまにかやらなきゃいけない事ばかりをやっている。自由に生きるのは簡単じゃない。ましてや2021年、路上で酒を飲むことも出来ない東京に自由なんてどこにもない、あるとすればそれはハーモニー・コリンの最新作『ビーチ・バム』が映写されたスクリーンの中でだけだ。 ハーモニー・コリンは19歳でラリー・クラークの名作『KIDS』の脚本を執筆し、90年代のカルト・クラシック『ガンモ』で監督デビュー、一躍ポップカルチャーのアイコンに。一時は精神を病みメインストリームから退くも、春休みの遊ぶ金欲しさに強盗をはたらく女子大生を鮮烈に描いた『スプリングブレイカーズ』で衝撃の帰還。近年も彼からの絶大な影響を感じる『mid 90s』(監督のジョナヒルは本作にも出演)のヒットや、Travis Scott『JACKBOYS』のアートワークなどポップの最前線で異彩を放ちつづけている。そんな彼が50歳を目前にして世に送りだしたのは超自由奔放な生粋のアウトロー詩人ムーンドッグを描いたストーナー・ムービー『ビーチ・バム』だ。 主人公ムーンドッグは若き日に出版した一作の詩集により称賛を集めるも、その後は酒、ドラッグ、女に溺れるかつての天才詩人。周りからは才能を無駄にするななんて言われているが本人はまったく気にも留めず、謎の富豪妻の金で豪遊しまくりハイになって街の酒場を転々としている。しかし、その妻の交通事故死により金も豪邸も車も一気に失いホームレス状態に。とここまで話すとまるで彼がこの後すこし人生を省みたりしそうだが、そんな安易なことにはならないのがハーモニー・コリン。その後もホームレス達とかつての豪邸をめちゃくちゃに破壊し、父を想う真面目な娘に入れられた更生施設も脱走、ついには車椅子の老人を暴行して金を奪ったりとやりたい放題。 たった80ページほどしかなかったという脚本にはストーリーらしきストーリーはなく、ハイなまま煌めく街を自由に彷徨いつづけるムーンドッグをカメラはひたすら追いかける。ギャスパー・ノエ監督作品などで知られるブノワ・デビエによる、その陶酔的な眩さは最近だとルカ・グアダニーノ『We are who we are』エピソード1の陽光を少し思い出したりもするが、それとは似て非なるものであり終始ストーンなムーンドッグが見ている幻惑的なマイアミの風景そのものだ。そしてその映像をより魅力的に見せる音楽のセレクトも当然素晴らしく、ジェリー・ラファティ、スティーヴン・ビショップ等のヨットロック度高めの70sヒットから大胆なキュアーやヴァン・モリソンの使い方までこれもまたムーンドッグの頭の中を覗かせるかのようにほとんど途切れなく流れていく。 どこまでもだらしなく無責任でアンモラル、実在したら間違いなく社会からはじき出されるアウトロー、だが底抜けに明るくポジティブ、そして何にも制約されず自由に人生を謳歌するムーンドッグはこの世界でだけは幻のように輝いている。あまりに窮屈で不自由な世界に暮らす私たちはそんな彼の姿をどのように観るのだろう。この映画でハーモニー・コリンが描いた「不謹慎さ」「不真面目さ」「無意味さ」はかつてあったユートピアとしての世界、失われいく楽園としての映画に捧げられたレクイエムなのかもしれない、だからこそいままでのコリン作品にあった不穏さは姿を消し、お下劣なユーモアとナンセンスで応えてみせた。『ポンヌフの恋人』如く馬鹿みたいにぶち上がる花火と夜空を舞う札束、そのあまりの美しさと儚さにそう感じざるを得ない。 友人間では最大のヒーローと崇められるマシュー・マコノヒーの歴代最低興行収入、Rotten Tomatoesでは異例の超低評価。その理由を是非劇場で確認してほしい。... 50 SONGS OF 20201.Standing On The Corner – Angel フリージャズ、ヒップホップ、ソウル…あらゆる音楽を取り入れながらそのどれとも言い切れない音楽を鳴らすニューヨークのアートコレクティブSOTC。待望のニューリリースはかつてないほどキャッチーでありながらも彼ららしいコラージュ感覚とユーモラスな実験に溢れた最高の一曲。古びたマシンから流れ出したビートは宇宙を泳ぐように揺れながら時には破裂し木霊したりしてメランコリックなサックスと戯れていく、楽曲の雰囲気を見事に視覚化したメルヴィン・ヴァン・ピーブルズ出演の PVも合わせて。 Spotify 2.Tvii Son – Out of Vogue ウクライナはキエフ発、エクスペリメンタル〜エレクトロバンドによるデビュー作から。ダークで硬質なビートと絶妙に力の抜けたLucyのヴォーカルが醸し出すなんとも言えないクールネス。ブリストルとベルリン、その両方のサウンドを独自に昇華したインダストリアル・ダブ。 Spotify 3.Parris – Soft Rocks With Socks bpm100ぐらいで絶妙につんのめるマシンビートを軸にアブストラクトなシンセや打楽器、ユニークなベースがふらふらと現れては消えるダビーハウス。デカイ音でも延々と聴けるオーガニックで繊細な音作りが気持ちいい。今年のParrisはHarajuku GirlsとYureiも素晴らしかった。 Spotify 4.Slauson Malone – Smile #6(see page 198 and 158) ツアー先で手に入れたアコースティックギターを全編にフィーチャーしたEP「Vergangenheitsbewältigung (Crater Speak)」収録。ギターの爪弾きにボイスサンプルがコラージュされていく前半とチープなビートとラップによる後半。実験的なフォーク作品ともヒップホップの異形とも聴こえるメランコリックなサウンドは唯一無二。 Spotify 5.Phew – The Very Ears of Morning エレクトロニクスと声、ヴィンテージなリズムマシンによって構成された傑作「Vertigo KO」のファーストトラック。夜明けの瞬間を永遠に引き伸ばしたような圧倒的に美しいシンセアンビエント、眠気が飛びます。 Spotify 6.King Krule - Underclass リリースは2月。その後の世界を予見するような内向性と乾きの中にある少しのメランコリー。終盤のムーディーなサックスの旋律に彼の新たな表情を感じる。 Spotify 7.Wool & The Pants / Bottom of Tokyo #3 『Wool In The Pool』に収録のNo Wave的ファンクが大胆にリアレンジされた2020年新録曲。Sly Stone、後期CANを連想させるチルアウトなトラックの上で歌われるのは新しい意味を持った「明日街へ出よう」。緊急事態宣言期間中にリリース、印象的なアートワークは東京暮色とフランシス・ベーコンのアトリエのコラージュ。 Spotify 8.Aksak Maboul – C’est Charles ベルギーのアヴァンポップ・レジェンドによる40年ぶりの新作「Figures」。本曲は往年の名作感をまったく感じさせない現代的なサウンドとビートを持った2020年のアートロック。 Spotify 9.Model Home – Faultfinder Throbbing Grisle meets MF Doomとは言い得て妙。今年一番ドープなビートと変調された癖になるライム、アートワークと共鳴するような粒子の荒いサウンドは中毒性かなり高めです。Warp傘下Diciplesからのリリース。 Spotify 10.Pavel Milyakov – Odessian Dub モスクワのテクノ・アーティストButtechnoことPavel Milyakovによる幻想的なアブストラクトダブ。不明瞭な旋律の電子音と重たいビートのコントラスト、真夜中の霧深い街を彷徨い歩くような美しいサウンドスケープ。ウクライナ・オデッサの街に捧げられているらしい。ふらふら歩くには丁度いいサウンドトラック。 Spotify 11.Frank Ocean – Dear April 結局”Dear April””Cayendo”の2曲のみだった2020年のフランク・オーシャン。Acoustic ver.というだけあってシンプルな伴奏のみの楽曲だがフィンガリングノイズにまで徹底されたアンビエンスと圧倒的な歌声、これだけで何にも変え難い凄みがある。 Spotify 12.JPEGMAFIA – living single 90年代アンビエントテクノ的なシンセ、音数の少ないビート、最高のタイトル。あっという間に終わってしまうが、寝るにはまだ早いなと思わせてくれる。 Spotify 13.Puma & The Dolphine – Supermarket ブルガリアの気鋭プロデューサーによる快楽的アフロ・エレクトロニクス。ポコポコしたリズムマシーンとエキゾなウワモノの絡みはまるでカメルーンの伝説Francis Bebay。アルバムタイトルは「Indoor Routine」。 Spotify 14.Pearson Sound,Clara! – Mi Cuerpo PEARSON SOUNDと、スペインのPRR!PRR!コレクティヴのCLARA!による最高のベースチューン。徐々に盛り上がるスペイン語のチャントがやばい脳内フロアキラー。部屋で踊りましょう。 Spotify 15.Playboi Carti – M3tamorphosis 2020年の終わり、待望のリリースとなったCartiのニューアルバムから。90年代メンフィスラップのカセットテープを想起させるざらついた音像が衝撃的。 Spotify 16.Burial,Four Tet,Thom Yorke – Her Revolution 幻想的なピアノループと淡々と脈打つビート、トム・ヨークの歌声がこんなにも伸びやかに感じられるのはいつぶりか。2020年の終わりに届けられた9年ぶりのコラボレーションにして名曲。 Spotify 17.Liv.e – SirLadyMakemFall 「 F.R.A.N.K」(2017)の頃にあったローファイソウルの面影を残しつつ理想的な進化を続けるダラス出身のシンガー Liv.e(読みはリヴ)。オルガルのループとSlyishなビートが身体をゆらすいなせなレディソウル。 Spotify 18.Haim – Los Angels 冒頭のサックスとドラムだけでもう最高。ラップ〜R&B以降のサウンドを当たり前に取り入れながらルーツである70年代西海岸の香りまで漂わせるしなやかなグルーヴと開放感、ヴィンテージなだけじゃない楽器の鳴りも素敵! Spotify 19. Anthony Moore – Stitch in Time 40年の時をこえようやくオフィシャルリリースされた75年のお蔵入りアルバム「OUT」の冒頭曲。イントロの拍からして変だが一聴するとキャッチーなモダンポップにしか聴こえないのがすごい。 Spotify 20.Holy Tongue – Misinai たしかにこれはLiquid Liquid、23skidooあたりが好きな人間は避けては通れない音。トライバルなパーカションとポストパンクの実験精神が邂逅したオルタナティヴダブ。 Spotify 21.Eddie Chacon – Trouble チープな打ち込みとシンセによる自主AOR的なサウンドをアンビエント〜ニューエイジ再評価以降のセンスにまとめあげたのはきっとJohn Carroll kirbyの手腕だろう。「お前は悩みの種を増やすだけ」と繰り返し歌われる頭抱え気味なメロウソウル。 Spotify 22. Adrianne Lenker – zombie girl 都市から離れた山小屋でアナログ機材のみを使い録音されたソロ作。アコースティックギターとか細い声、遠くから聞こえる鳥のさえずり。喧騒から離れた場所で孤独と向き合うことによって生まれたシンプルだからこそ心をうつフォーク作品。 Spotify 23.Ryu Tsuruoka – Omae 横浜生まれのメロウな手口のシンセ歌手(トークボクサー)、ムードにこだわる音楽家。PPUからのリリースとなったシングルは危険な甘さのトークボックス・バラード。アーバンとかメロウとかそういう言葉はここまで艶っぽい音楽にだけ使われるべき。 bandcamp 24.坂本慎太郎 – ツバメの季節に 2020年後半にリリースされたシングル4曲はどれも素晴らしかったが「何年経って元に戻るの?」の歌い出しからはじまる本曲ほどいまの空気をキャプチャーした曲はなかったように思う。 Spotify 25.Moor Mother – Forever Industries A とにかくたくさんのリリースがあった2020年のMoor Mother。サブポップからリリースの本曲はスウェーデンのビートメイカーOlof Melanderとの共作。 Spotify 26.Dirty Projectors – Overlord ギター、ベース、ドラムのシンプルな楽曲に彩りを与えているのは各楽器の鳴りを完璧に捉えたMIXとDPらしい鮮やかなコーラスワーク。懐古的にならざる得ないバンドサウンドが多い中、本曲の独創性は際立って聴こえる。 Spotify 27.Holy Hive – Hypnosis 2020年も素晴らしいリリースを続けたBig Crownから。抑制が効きながらドラムスティックのワンストロークまでもが目の前に浮き上がってくるような、風通しのよいSweet Soul。 Spotify 28.Flanafi – Inner Urge アメリカのAvant PopデュオPulgasのギタリスト、Simon Maltinesによるソロプロジェクト。ディアンジェロ、スライへの偏愛をプログレッシヴな感性でコーティング、この変態性は聴けば聴くほどくせになる。 Spotify 29.NENE – 慈愛 妖怪(!)を題材にした傑作ソロ「夢太郎」からのPV曲、歌い出しはいきなり「おばけが見える」。内面の揺らぎを描写した歌詞とスペイシーなシンセによるスピリチュアルなトラックが新鮮なまさに新境地の一曲。 Spotify 30.Military Genius – L.M.G.D. カナダのポストパンクClack Cloudのメンバーによるソロ。ダークなアンビエントにまみれたアルバムの中では異色のダウンテンポなコールドファンク。 Spotify 31.Jabu,Sunun – Lately Dub ブリストルサウンドを更新し続けるクルーYoung echoのメンバーによる平熱のUKソウル。7inchB面に収録のSununによるとろとろのダヴバージョンが真夏の室内に最適でした。 Spotify 32.DJ CHARI & DJ TATSUKI – JET MODE feat. Tyson, SANTAWORLDVIEW, MonyHorse & ZOT on the WAVE とにかくキャッチーなフロウとビート!一度聞いたらもう「おれらとめられね」って歌ってるしいつの間にか無限リピートして聴いている。 Spotify 33.テニスコーツ – さべつとキャベツ 黄倉未来によるヒプノティックなビートにまず驚かされるが重要なのは何よりそのリリック。「あいつ」への直球の怒りといつのまに自分を侵食していく病気、たくさんのユーモアを交え歌われる気高く美しいテニス流プロテストソング2020。 Minnakikeru 34.NAYANA IZ – WALKING Spotify 35.keiyaA – Way Eye Spotify 36.Tohji – Oreo いま踊れる曲を作ることに対する違和感をSNSで表明していたように新曲は90sテクノを彷彿とさせるアンビエントトラック。Oreoとチェリオがマントラの様にならぶリリックも面白い。 Spotify 37.Jon Bap – Help Spotify 38.Hiiragi Fukuda – Vivian Girl アルバム『Raw-Fi』冒頭曲。無機質なビートとラフなギターの生々しさがいい塩梅で同居したトラックにぼそぼそと呟かれる歌。淫力魔人よ助けて…デカダンな雰囲気とベッドルーム的内向性をあわせもった不思議な魅力。 bandcamp 39.Lizette & Quevin – Talk To Me BrainstoryのKevin Martinと陶芸家のLizetteによる、60-70年代に活動したチカーノ・ソウル・バンド、Sunny & Sunliners のカバー。このカサカサした温かい音像とメロディーは誰もがやられてしまうのではないでしょうか。 Spotify 40.Navy Blue – Ode2MyLove Spotify 41.Lil DMT , Lil N1P – COMO SOY Spotify 42.BLACK NOI$E – The Band (feat.Live.e) Spotify 43.Cindy Lee – Heavy Metal 埃がかったギターのイントロから、壊れかけのオルゴールのようなガールズポップスサウンド。墓場の運動会に流れていそうな音楽。 Spotify 44.石原洋 – formula bandcamp 45.Childish Gambino – 42.26 Spotify 46.redveil – Campbell Spotify 47.John Cale – Lazy Day ガタガタ揺れたリズムと不安を煽るような調子外れな鍵盤がなぜか心地よく、隙間から覗くように現れる対比的なパートと合わせてこの状況下にしっくりきた最高のチルアウト・ソング。ピンクの髪もキュート。 Spotify 48.Vula Viel – My Own Skin Spotify 49.山本精一 – フレア Spotify 50.TOXOBAM – shabby function 狂気のコラージュに忙しないカットアップ、オモチャ箱じゃなくて新宿の裏路地の汚ねえゴミ箱をひっくり返したようなシティ・ミュージック for フリークス。夜に聴くと眠れなくなる。 bandcamp... 好きっていう気持ち / おぼろげナイトクラブ坂本慎太郎A面に針を落とすと、もぞもぞとトレモロがかったような音と乾いた箱鳴りドラム。続いて変声子供声の合いの手から虫声とスティール・ギターが重なり寄り合わさっていく。というと、ソロ以降の総決算てんこ盛りサウンドのようだが、実際の音像は大仰さとは正反対の素朴な佇まいで、押し付けがましさやわざとらしさといったものは相変わらず一切無い。T.rex~Princeを引き合いに出したくなる独特の軽み、あるいは地に足ついた異形のポップセンスが素晴らしい。といって、ギンギラにギラついたものではなくて、日向ぼっこしてるような優しい音だ。 B面ではさらに穏やかな様子を見せてくれる。波のように繰り返し寄せては消えるグルーヴに骨抜きにされて、目の前の景色がモアレ状に崩れ落ちてしまいそう。ストップモーション・アニメで表現されていた情報量がギュッと凝縮されたような音像だ。それでいて音数が増えることもなく、ふっと抜けるゆるい開放感が気持ち良い。歌を象る言葉の選びと並びとリズムもさりげなく凄い。コーラスかけあい部分「~だね」にはグッときた。この声の主が人格を持った生き物として本当に存在しているかのようだ。 生き物といえば、これまでMV等ではお馴染みのキャラクターがレコードのジャケットに登場している。つかず離れずの間柄だけど会えばいつも人懐っこくて知らない間に頼りにしている、子供の頃に夢見た最高の友達のような生き物。水木しげる『河童の三平』の向こうで手を振るタヌキのような愛らしさ。小舟でたどり着いた場所では死者もいきものも皆入り混じって歌い揺れ踊り続けている…見て触って聴いて妄想が膨らむレコードならではのレコードだ。... SEX, DRUG & FEMINISM アーヴィン・ウェルシュ著『トレインスポッティング』“あいつは押さえつけるのと殴るのは同じだ、暴力には違いないって言った。俺はその理屈に納得がいかない。おれはただ、引き留めたかっただけだ。話がしたかっただけだ。レンツにこの話をしたら、キャロルの言うとおりだって意見だった。俺と一緒にいたいかどうか、キャロルには決める自由があるって言う。けど、それだってでたらめだろう。おれは話がしたかっただけなんだから。フランコは俺の味方だった。男と女ってのは理屈じゃない。俺たちはレンツにそう言ってやった”引用元:アーヴィン・ウェルシュ著/池田真紀子訳『トレインスポッティング』 1993年にイギリスで出版されたアーヴィン・ウェルシュによる小説『トレインスポッティング』。1996年にダニー・ボイル監督によるこの小説を原作とした映画が公開。2017年には同監督による映画の続編も公開された。 『トレインスポッティング』と言えばまずはとにかくドラッグ。そして映画における素晴らしいキャスティングや90年代ブリット・ポップのグループが参加しているオリジナル・サウンドトラック。一般的に知られているイメージと言うとこんなところだろうか。 一般的にと言ってそのイメージが間違っているわけでもなく、実際に作中の登場人物達は基本的にドラッグを調達して摂取することに終始右往左往してばかりいる。物語の舞台は1980年代後期イギリスのエディンバラで、20代中頃の薬物中毒者たちが中心の日常系ドラマだ。日常系だけにドラマに大きな起伏はあまりないのだが、この作品の特徴として語りの構造がある。映画では主観による語りは俳優ユアン・マクレガー演じる主人公のマーク・レントンのみだが、小説ではエピソードごとに語り手が変わる。様々な語り手による複数の視点がキャラクターの人間性と関係性に奥行きを生み、一見他愛無いエピソードも常にどこか余韻を残すのだ。 小説は全7章を構成する43本のエピソードが連なりひとつの物語になっていて、映画はそのうちの10本程度のエピソードに映画オリジナルのエピソードを加え再構成したもの。物語の大筋は小説と映画に違いはあまりなく、アンダーワールドの”Born Slippy”が流れる映画のラストシーンも内容自体は小説と変わらない(ちなみにこのシーンにあたる小説でのエピソードタイトルは”Station to Station”で、これはアーヴィン・ウェルシュが最も愛するレコードのタイトルでもある)。 小説と映画の脚本を比較してみると、映画前半までは登場人物の整理や時系列を入れ替えたりといった作劇上の演出はあれど、各エピソード内容は小説にほぼ忠実。映画中盤の折り返しで、マーク・レントンが病院に担ぎ込まれ実家の自室で薬物禁断症状によってバッドトリップするシーンから最後のエピソードまでを映画は小説にはないオリジナルの展開を織り交ぜて進んでいく。 映画内容を俯瞰してみると、世間一般における『トレインスポッティング』のイメージというのは映画の薬物体験シーンの影響が大きいのだろう。それらのシーンが観客の目を引き強く印象に残るのはやはり事実だと思う。 しかし、薬物云々のあれこれをひとまず横に置いてみれば、絶望と希望でがんじがらめになった人間ドラマがひたすら繰り広げられているに過ぎないことがわかる。例えば、他の映画でいうと『If もしも….』(’68/リンゼイ・アンダーソン監督)、『さらば青春の光』(’79/フランク・ロッダム監督)、『ウィズネイルと僕』(’87/ブルース・ロビンソン監督)といった作品と『トレインスポッティング』を並べてみたくなる。または、昨今の欧米コメディ映画やネット配信コメディ・ドラマと並べてもしっくりくる。 『トレインスポッティング』は単にドラッグや音楽をファッションとして扱ったサブカル作品ではなく、普遍的な収まりの悪い人間愛に溢れた作品であって、その根底にあるのはあらゆる個人の尊厳に対するクリアな眼差しだ。そして、それはそのまま著者アーヴィン・ウェルシュによる問題提起になっている。 #1 SEX 上記画像は映画『トレインスポッティング』の宣伝広告で、左から2人目の人物の名前はダイアン。主要キャラクターである他の男4人と違って、小説では登場するエピソードは1つのみというキャラクターだ。さらに、この画像内で彼女と直接の接点があるのは1人だけで、そう知って見るとこの並びのバランスは少し不思議に思える。 ダイアンはマーク・レントンがワンナイトラブを求めて訪れたクラブで出会う女性で、彼はダイアンをひと目見て彼女に特別な感情を覚える。と、これだけなら普通のよくあるボーイ・ミーツ・ガールの展開を予想しそうになるが、『トレインスポッティング』ではそうならない。この話が面白いのは終始ダイアンのペースで物事が進むところで、この2人の関係性において主導権を握っているのが男のレントンではなくダイアンなのだ。レントンを見定め選んで同意をとりセックスの体位を指示し行為を終えた瞬間に去るよう命じるダイアンに対し、レントンはただ戸惑うのみ。なんとか男らしさを取り戻そうと妄想を試みるも、翌朝に衝撃の事実を知ってそれもあっさり砕け散る。ダイアンは15歳ということがわかるのだ。マーク・レントンは26歳。重度のヘロイン中毒者が自分のした事に縮み上がる(イギリスにおける性交渉の法的同意年齢は16歳以上)。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(’19/クエンティン・タランティーノ監督)にもこれと似た状況になりえる場面があったが、こうした描写はただの配慮というものなどではなく、キャラクターと作品に奥行きを与えている。このダイアンの場合にしても、宣伝広告からは添え物ヒロインと思われても不思議ではないけれど、実際はそうではなく、一見ありがちなエピソードが視点の位置が少し変わることで現実社会の歪さが浮かび上がるという、『トレインスポッティング』ならではのエピソードだ。 ところで、映画『トレイスポッティング』には仰向けのままマーク・レントンが床に沈み込んでいく有名なシーンがあるが、それと正反対のシーンがあるのがNetflixオリジナルドラマ『セックス・エデュケーション』で、シーズン1の最終エピソードで主人公が仰向けのまま文字通り天に昇っていく。『セックス・エデュケーション』も『トレイスポッティング』と同じくイギリス作品で、こちらはドラッグではなくセックスをモチーフの中心に繰り広げられる青春群像劇だ。 #2 DRUG 『トレインスポッティング』はドラッグを通して社会の裏側を暴く、といった実録物のような作品ではない。アーヴィン・ウェルシュはドラッグを取り巻く人間模様を描くことで、今を生きる個人が抱える閉塞感や抑圧感といったものを映し出す。また、ドラッグに限らず、性暴力、性差別、人種差別や階級格差といったものから男の嫉妬…、といった社会では無いとされる様々なものを言語によって可視化する。 もし、ドラッグに纏わる社会的イメージを強く持ったままの頭でこの作品を捉えようとすると、こうした点が見えにくくなるかもしれない。確かに、映画で登場人物がヘロインの摂取及びトリップする数々のシーンは怖いもの見たさの欲望を満たすのに良く出来た見世物になっていて、その点は素晴らしい。そして、フランシス・ベーコンの絵画を色彩設計の参考にしたというヴィジュアル・イメージも独特の不穏な世界観を表現することに成功している。それだけに、そういったある意味表面的な事象に隠れてしまって、原作の小説で描かれていることが見落とされがちのように思う。宣伝のポップな展開と話題性が相まって、一括りにドラッグ関連の話、といった曖昧な作品像に留まっている原因のように思う。しかし、漫画『スキップとローファー』のジャンキー版とでも言いたくなるくらいに、人間と人間の関係性が常に水平な目線で描かれているコメディドラマが『トレインスポッティング』なのだ。 あえて一括りにドラッグ関連ということで連想してみると、『仁義の墓場』(’75/深作欣二監督)のヘロインが増幅するドローン感と焦燥感を体現する渡哲也、芹明香、田中邦衛の不気味なまでの凄みが忘れられない。 #3 FEMINISM “いったいどうして怒ってる? 「月のものの最中だから」という陳腐な答えが頭に浮かびかけたが、バーにあふれる笑い声に違和感を覚えて店内を見回した。それは、ただおかしくて笑ってる声ではなかった。リンチに加担する暴徒の笑い声。こんなこと、予想しろって言うほうが無理だーーー レントンは思った。わかってたらやらなかったよ”引用元:アーヴィン・ウェルシュ著/池田真紀子訳『トレインスポッティング』 次の2つのツイートはアーヴィン・ウェルシュ本人のもの。 I’m convinced more than ever that feminism is not a post-revolutionary luxury, but represents humanity’s last opportunity for salvation.— Irvine Welsh (@IrvineWelsh) July 7, 2014 Have always taken an interest in feminism. Why wouldn’t I take an interest in something that effects half of humanity directly and the other half indirectly? https://t.co/Cxv9aEGh1r— Irvine Welsh (@IrvineWelsh) March 8, 2020 著書である『トレインスポッティング』やその続編『ポルノ』を読むと、この発言が特に突発的なものではないことがわかる。そもそも、走ったり飛んだり沈み込んだりと何かと大忙しなイメージの主人公マーク・レントンだが、小説では性差別的な発言をする仲間を軽蔑し、時には諌めようとする人間なのだ。大抵、友人であるシック・ボーイの屁理屈にやりこめられるのだが。また、別の仲間からはマスキュリニティお決まりの侮蔑表現として”男娼”呼ばわりをされたりしていて、もし男性によるホモソーシャルの為の教科書のようなものがあれば、その例文にぴったりのエピソードで満載だ。 映画ではこうした点の反映はレントンのキャラクター造形の雰囲気だけに留まり、具体的なエピソードとしては語られない。その意味で映画続編の『T2』(’17/ダニー・ボイル監督)は正しく前作映画の延長線上にある作品と言える。というのも、映画『T2』は小説『トレインスポッティング』の続編『ポルノ』が基本的なストーリーの骨子になってはいるのだが、前作映画にあったダイアンのようなエピソードはなくなっていて、映画としてはホモソーシャルの悲哀と黄昏といった感じの作品になっている。 現実ではホモソーシャルの網から抜け出すというのは到底不可能な事に思える、というのが個人的な今の正直な気持ちだ。それだけに『トレインスポッティング』一作目のラストシーンは、ふいに清々しい気持ちを一瞬でも感じさせてくれるものだった。一作目でホモソーシャルから抜け出ることに成功したレントンは、続編『ポルノ』でもやはり向こう側に抜け出るのだが、小説とは異なるラストシーンの映画『T2』におけるレントンに解放感はなく、もがいているように見えてしまった。 『トレインスポッティング』の主人公はそれまでのがんじがらめでいた世界から抜け出て外へ向かう。映画『お嬢さん』(’16/パク・チャヌク監督)もアート的な背徳感とエンタメ的なサスペンス要素が同居した作品で、やはり主人公が新天地を目指す仄かに明るいエンディングで映画が終わる。こちらも小説を原作にしている作品だ。 “新聞紙の上にうんちをするのは大変だった。トイレはほんとせまくて、かがむのも一苦労だから。それにグラハムが何か怒鳴ってた。ゆるいうんちをどうにか少し取った。それを生クリームと混ぜてミキサーにかけ、できあかったものをチョコレート・ソースと合わせてソースパンで温める。その特製ソースをデザートのプロフィトロールにかけた。おいしそう。上出来だわ!”引用元:アーヴィン・ウェルシュ著/池田真紀子訳『トレインスポッティング』... Medhane / Cold WaterニューヨークのラッパーMedhaneがハイペースで作品をリリースしている。2019年11月の『Own Pace』、今年2月の『FULL CIRCLE』、そして5月の暮れにリリースされたのが本作『Cold Water』。 アトランタのラッパー Future が2014年から2015年にかけてリリースした『Monster』 『Beast Mode』『56 Nights』の3作連続リリースに影響をうけたと本人は語っているが、3作目となる本作『Cold Water』はそのリリースの最後を飾るにふさわしい最も充実した作品となった。 Medhaneはブルックリンを拠点に活動する23歳のラッパーでいま最も注目すべきシーンのひとつ「NYアンダーグラウンド~ Standing on The Corner 界隈」のメンバーとの交流も多い。特に Slauson Malone とはユニット Medslaus 名義でのリリースやお互いの作品のプロデュースや客演などかなりの交友関係がある。 Medhane & Slauson Malone Discuss Their Influences, Why They Won’t Sign to a Major Label 本作にも N.Y アンダーグラウンド内外から多彩なゲストが参加している。今年3月に傑作「Forever,Ya Girl」をリリースしたばかりのシンガー keiyaA、King Klure が Edgar The Beatmeker 名義でプロデュースした「Can’t Slip」(これも傑作だった、)も記憶に新しいロンドンのラッパーJadasea、この辺りを掘ってる人間ならもはや説明不要だろうNavy Blue, Maxoなどなど。 このメンツを細い糸でつないでいるのは結局「Some Rap Songs」なんだと思うのだけれどMedhaneもやはりEarlの作品と共に語られることが非常に多く、最近だと友人であるMIKEあたりと共鳴するシンプルなジャズ、ソウルのサンプルが中心のアブストラクトなトラックが特徴的なサウンド。ただこの作品をそれ以上のものにしているのはで自身のメンタルヘルスやトラウマと向き合い、それらにイラつきながらも迷路のなかで葛藤し出口を探そうとするリリックにある。 ひとまず日々スケボーやサイクリングに勤しむ彼のInstagramをフォローし、Navy が参加した「TRS」のリリックをGENIUSでぜひ読んでみてほしい。... 『 Feeding Back 』David Todd 著“ついでに言っておけば、ギターだけ持っていた訳ではない” 水谷孝 2012年発行。“オルタナティヴ”なギタリストのインタビュー集。 何がどうオルタナティヴかと言えば、Lenny Kaye(初っ端登場でおお、となる)、James Williamson(The Stooges:Raw Power)、Tom Verlaine (こうしたインタビューに答えてるのは結構珍しいのでは)…という掲載ギタリストを見れば、ギターという楽器に特別深入りせずともある種の音楽好きには自然に伝わるものがあるのでは、と思う。 さらにMichael RotherとLee Ranald(ここでThurstonではないのがわかってると言うかたまたまなのか)、Richard ThompsonとJohnny Marr、という並びを見るだけで感じ入るものがあったりする。 本を開くと序章でまずRobert Quineについて語られる。The Stoogesから端を発しSonic Youthのようなバンドへと受け継がれていく連なりがあり、そのパイプラインの中心にいるのがRobert Quineなのだと。広く深い視点で俯瞰して見た時に浮かび上がる系譜のような、音楽的影響下で相互関係にあるバンドやそのギタリスト達。ジャンルではなく”オルタナティヴ”という言葉の意味のまま、それらにブラックライトを当てること。これがこの本のキモというか、著者のコンセプトらしい。 J MascisやJohn Fruscianteといったそのままジャンルのオルタナティヴとして知られているギタリストも登場するが、この本がいわゆるロックギターヒーローを扱ったものとは違った個性的なものになっているのはそんなコンセプトによって編まれているからだろう。 また、この本の特筆すべきことのひとつがギタリスト栗原道夫のインタビューが掲載されていること。主にBorisとDamon&Naomiのかけもち世界ツアーをしていた時期のインタビューになる。この本とは別になるが、彼が過去に在籍していたWhite Heavenの1st LP再発元のインタビュー( https://www.blackeditionsgroup.com/michio-kurihara-interview )を併せて読むとより一層イメージが深まるのではないだろうか。 Rainbow – Live at the Starlite, Edmonton 2010 / BORIS with Michio Kurihara Live Radio3, TVE2 / DAMON & NAOMI feat. MICHIO KURIHARA AMAZON: https://www.amazon.co.jp/Feeding-Back-Conversations-Alternative-Guitarists/dp/161374059X... The King Of The Endicott / Gary WilsonThe King Of The Endicott / Gary Wilson 2019 へんちくりんなメガネ、身体に巻き付けた紙テープ、ぶら下がったマネキンの首…彼の名前にくっついてる枕詞を何とか避けたかったが、もはやこう言うしかない。“アウトサイダー・アーティスト”にして“ウィアード・ポップの鬼才” Gary Wilson。彼の2019年作が100枚限定でLPリリースされる。 1977年に発表された彼の代表作『 You Think You Really Know Me 』については、Beck や Ariel Pink らが彼からの影響を公言している事もあり、既に広く人が知るところとなっている。 Groovy Girls Make Love At The Beach / Gary Wilson 揺らぐエレピの薄皮の下で蠢くような不穏なアンサンブル。一方で軽やかなリズムと転がり回りじゃれつくような調子はずれのボーカル。多様なジャンルをないまぜにしながら何処にも属することのない楽曲は彼の奇天烈なイメージとは裏腹に緻密に計算されているように感じる。それは夢の中や、分岐した異なる時間だけに存在する現実から少しズレたパラレル・ワールドの中で演奏されているような音楽だ。 そして今作は、そんな彼が永い夢から醒めて寝ぼけているような、いつもとは違ったイメージを感じられる興味深い一枚。公園にひとり佇んでみたり、雨の夜を歩いてみたり、半歩軸をずらして見えた世界に懐かしさを感じながらも、彼が歌にしてきた “Groovy Girls” 達に後ろ髪を引かれている。でも彼女たちはどこかに姿を消してしまったらしい。どこか寂しげな王様の後ろ姿が目に浮かび、軽やかなピアノの音がその落ちた影を際立たせている。 ちなみに、あたかも彼の心境に変化や覚醒があったかのように書いたが、別段そういうわけでもなさそうで、同じ年には R. Stevie Moore との共作も発表しているし、今年もいつも通り作品をリリースしている(こっちは未聴)。活動復帰後のほぼ毎年のリリースは止まる事はなさそうだ。 Walking In The Rain Tonight / Gary Wilson 2016年惜しまれながらも閉店したニューヨークのレコード店 OTHER MUSIC のドキュメンタリー映画トレイラー。本編では、Gary Wilson のインストアライブの映像やスタッフのエピソードも。 ジャズトリオ時代の演奏:Another Galaxy / The Gary Wilson Trio... Formula / 石原洋 − 時を超えたため息 I’m always misunderstandingFormula / 石原洋 レコードに針を落とすと少しの空白の後にスピーカーから濁流のようにざわめきの音が迫ってくる。その街の雑踏音の波にまぎれ重なりあう中からバンドの演奏が姿を見せた途端、ふっと今の自分をどこか遠くから眺めてるような気持ちになる。最初に聴いた時と今ではまるで違って聴こえるのが興味深く、この音楽の時間が少しの救いにもなっている。 こうした音楽によって生じる内なる感覚というのは、普段はそのものを捉えようとした途端に霧散してしまうものだが、この状況下において思いもよらず意図が反転したような『Formula』を聴くたび、密やかにだが確実に存在していることを実感してしまう。 さりげなく現れてはすぐ消えてしまう予感めいた自分のこの感覚というか偏愛趣味が、一体どこからやって来るものなのかは不明ではあるけれど、ひとつ確かなことは、それはかつて石原洋の音楽に出会ったその時から強烈に意識するようになったということだ。 以下は、それぞれは本盤とは直接の関係は無い思いつきと誤解だったりするが、個人的なルーツと言えそうな音楽体験を起点とし、『Formula』までの現在を結んだ線上に浮かんだ点と点を繋ごうと試みた。そんな数珠繋ぎのその間から何かしらを見出せるのではないか。強く意味を求めてしまうと見えなくなるものが、浮かび上がらせるような形をとることで見えてくることがあるのではないだろうか。 There’s A New Dawn / New Dawn 多層的な時間を感じるレコードとして思い浮かんだ一枚。左のブルー1色ジャケットは所謂再発という名の海賊盤。おそらく90年代のもの。右が原盤に準じたアートワークで、現在は公式にこちらで再発されている。この手のもの自体は特に珍しいものではないのだけど、このふたつのレコードを並べた間に漂う得体の知れないムードに空白の時間を見てしまう。アルバム表題曲であるこの曲は、鳥が鳴き波が打ち寄せる浜辺で、小さなスピーカーを通したような男のナレーションが流れる中をバンドが音楽を仄かに奏で始める。アートワークの持つコンセプトと音の佇む様が独特な存在感を放つレコードとして記憶に残っている。 Most Children Do / Fallen Angels 60’sサイケと言っても実際にはそれぞれの音楽性はひと口には括れないものがある。彼らはアメリカのグループでこれはフォークロック調の曲ではあるが、イギリスのThe Zombiesと通じるような儚さがある。湿った霧のようにうっすらとだけ表面を覆ったフラワーな空気がそう感じる理由に思う。商業誌時代初期における水木しげる作品に通じる儚さ。見通しの良い澄んだ空気のすぐ先に不意に現れる、底知れぬ異世界への入り口を覗き込んでしまったようなそんな雰囲気がある。 I Have Seen from “Later With Jools Holland” BBC two / ZERO 7 この曲はカバーで原曲はThe Peddlersの72年のアルバムに収録。The PeddlersはイギリスのソウルフルなR&Bオルガントリオ。とはいえ音楽性はその枠のみに留まらず、同じくトリオ編成である初期Soft Machineのようなプログレッシブな響きを含んでいる。琥珀色のオルガンによる飾り気のない7thの波紋が渦巻き状にゆっくりと拡がっていくような手触りが同質のものだと思う。これはそのままZero 7にも継承されていて、原曲ではそのリズムの重さによってやや曖昧にぼやけがちな眩惑さや催眠感が、こちらはリズムの反復性を強調することで楽曲が拡がりを持ち、ある意味わかりやすくなっていると思う。改めてこのことに注目してみると、David Axelrodの持つ仄暗さと対になるような音楽としても捉えることができると思う。 Morning Glory – from “Late Night Line Up” BBC tv / Tim Buckley Karen DaltonやFred Neilの音楽に見られるJazzの要素。それは乾いたメロウ成分として、抑制のきいたグルーヴとして、通低音のように流れている。こうしたことは継承者であるTim Buckleyのレコード全てに言えることなのだが、この映像に関してはこの編成によるバンドのこの佇まいが、音楽性以上に特別なものとして自分の中に響くものがある。ラジエーターの奥で天国を歌い踊り続けるひとりの少女のような、『Fomula』というレコードの向こうに見え隠れするバンド感とどこか共鳴するものがある。白いスモークの中で歌い続けるバンドと、そこにエンディングで被さるクレジットまで含めたこのモノクロ映像に触れるたびに、懐かしさ以上の根源的な何かが蘇るのだ。 関連記事 >>FYOC Playlist Vol.2 − Circus Melodie... ダンシングホームレス – tHe dancing Homeless今年3月に公開されたドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』。路上生活者達で構成されたダンス集団の活動を追ったこの作品は一部の映画ファンや映画誌から高い評価を得るもののコロナウイルスによる劇場の臨時休館と共に公開は打ち切られた。 しかしどうやら6月1日からの再上映が無事決定したらしい、その後どのくらいの期間上映されるのかは分からないが少しでも多くの人に本作が届くことを期待しここに監督からのコメントを紹介する。 「『マラノーチェ』以来、G・V・サントが成就したストリート・キッズとの脱力的共振」と評された東京の路上風景、カメラが捉える彼らの息遣いを是非感じて欲しい。 ドキュメンタリー映画『ダンシングホームレス』公式サイト DIRECTOR’S STATEMENT 監督:三浦 渉 東京に住む私たちの生活からは、ホームレスの姿は見えない。私は本作で、大都市・東京に住むホームレスたちの姿をしっかりと見せたかった。それは日本社会を写す鏡でもあるからだ。そしてその上で踊ることが彼らと他者、そして社会との唯一の接点になっているだけではなく、路上生活を経験した身体から生まれる踊りの魅力をしっかりと描きたかった。彼らの踊りは、何よりも彼らが”生きている証”であるからだ。 ただ私は「なぜ自分がホームレスにならないのか?」「彼らと私との違いは何なのか?」、この疑問を抱えながら撮影を続けていた。そしてその答えは、出演者の一人、平川と話すうちに明らかになった。彼は父親に虐待され、逃げるように家を出た。そして他のメンバーも、同じように親との問題を抱えていた。あるものは親と死に別れ、あるものは親を拒絶し、あるものは親に生き方を強制された。彼らには、親という存在がないのだ。だからこそ路上に出るハードルが低い。そこが彼らと私の絶対的な違いだと気づいた。そんな彼らがこのグループの主宰者・振付師のアオキ裕キと出会い、踊りを始めた。グループには、”人に危害を加えない”以外ルールはない。踊りも各々から生まれたものが全て。無断で本番を休んでも構わない。アオキは言う「社会のルールがいいですか?」と。アオキは、彼らのあるがままを受け入れ、踊りに昇華する。この映画は、ホームレスにまで落ちぶれた彼らが、ようやく”本来の自分”を受け入れてくれる”父”と出会う物語でもあるのだ。 そして映画のラストに繰り広げられるダンスシーンの作品名は”日々荒野”。これはこの映画の裏テーマでもある。主宰者のアオキはこの”日々荒野”の発想を、高層ビル群に囲まれた公園で思いつく。そしてその場所は、母親の胎内のような場所だったと語る。日本では、古来より山自体を神と崇めてきた。山に登拝することは、神の胎内に入り、そして生まれ変わることを意味する。親と断絶し、ホームレスにまでなり、毎日が荒野のような人生を歩んできた彼ら。この映画のラストを飾る”日々荒野”のダンスシーンは、彼らが踊ることで生まれ変わる儀式なのだ。 このドキュメンタリーは、彼らが踊ることで社会復帰していく様を描くような、ありがちな物語ではない。家族も財産もすべてを失ったホームレスたちが、唯一残された身体と、圧倒的な熱量で、彼らにしかできない肉体表現を追求する。そして最後には生まれ変わる、今までにない”再生”を描いた物語だ。... Àdá Irin / Navy BlueÀdá Irin / Navy Blue 2020.02 ロサンゼルス生まれのプロスケート・ボーダー、Sage ElsesserことNavy Blueによるデビュー作。内省的なメロディのサンプルと最小限の乾いたビート、そして自分自身に語りかけるような淡々としたラップが織りなす空気はガス・ヴァン・サントの初期青春映画の様でもあり何も起こらないロードムービーのサウンドトラックのようにも感じる。 この作品に流れる”親密さと仄暗さ”は前向きでいることやエモーショナルであることが正義と近しい言葉で語られる暮らしのなかで何よりも心を明るく照らしてくれている。特にKAが参加したエチオピアン・ジャズサンプルの 「In Good Hands」 から Chet Baker のようなジャズ・ヴォーカル曲 「ode2mylove」 の2曲を含む終盤4曲に流れるメランコリックなムード、それこそがこの作品の一番の魅力であるに違いない。 ある人にとってはまったく意味のないものがある人にとってはとても重要だったりする。わずか29分、11の日記のような曲たちを聴き終えるころにはNavy Blueというすこし気障な名前にも愛着が湧く。本当に仲の良い友達にだけ教えたくなる作品に久しぶりに出会えた。... Buck / BrainstoryBuck / Brainstory 2020 ケヴィン&トニーのマーティン兄弟とドラムのエリックによるカリフォルニア州出身の三人組。ぱっと聴きSoulやJazzといった様々な音楽の影響を受けていそうだが、そのどれとも言えない音。 音楽というのがSoul、Jazz、Funk、Rock、Folk etc..に象られたドーナツだと想像して、そのドーナツの穴から静かに溢れ出たような暗闇で煌めく音。それはpsychedelicであり、ここ10年程のこうしたグループに共通して見られる音だ。特にBrainstoryの場合は、ケヴィンの歌声による遠い乾いた視線と、全体のほんのり明るい雰囲気が相まって醸し出す愛らしさがとても素晴らしい。そのバンドサウンドはひたすら趣味がよく、例えばA-3 「Sorry」 では、コズミックなシンセ音によるワンショットリフ、ヴィンテージリズムボックスのようなピッピコトコトコのドラムセクション、さらに脇からパウワウギターが品良く愛嬌を添え、それらが仲間のように連れ立って揺れ進んでいく。そして歌。全ての感情を投げ出してしまった後に残ったものだけで紡がれたメロディラインは、結局のところ立ち上がってあてもなく歩き続けるしかない現実に直面している人々の背中をそっと後押しして、ぐっと勇気付けてくれる。 Sorry / Brainstory 部屋の壁にはJohn Coltrane / Blue Trainのポスター BrainstoryによるJohn Coltrane / Impressionsのカバー... Louis Wayne Moody High / V.A. [ Numero Group ]Louis Wayne Moody High / V.A. 2020.04 シカゴの超優良再発レーベル”Numero Group”からまたしても素晴らしいコンピレーションがリリース。『Louis Wayne Moody High』-架空のハイスクール「ルイ・ウェイン・ムーディ高校」の失われた1967年卒業年鑑をテーマに10代の失恋や夏の思い出が歌われるやせるなくも淡い哀愁を帯びたティーン・ガレージが14曲収録。 日本では”トワイライト・ガレージ”と表現されること多分ほとんどだと思いますが、米国のレコードフェアなんかではその手のシングル盤には”Moody”と書かれていてこちらの呼び名の方が一般的。所謂60年代のガレージ・バンドと比べるとフォーキーな楽曲が多く、間違ってもシャウトしないヴォーカル、マイナーキーの哀愁を感じるメロディやオルガンのフレーズ、さえない見た目(七三多めですね)、、、など様々な要素がありますがその極北とも言える作品といえば、The Rising Stormの『Calm Before…』。マサチューセッツの進学校に通うおぼっちゃま達が卒業記念に500枚製作した唯一のLPは繊細さとノスタルジー、自分達を橋の上から見下ろすアートワークさながらのアンリアルな感覚が同居した奇跡的な1枚。 そして今回リリースされる『Louis Wayne Moody High』はそんな黄昏ていて悲観的で物憂いなガレージ・ソングを14曲収録したコンピレーション・アルバム。ほとんどのアーティストがシングルのみを残した超マイナー・バンド。『Shutdown 66』『Teenage Shutdown vol.3』など過去にもトワイライト・ガレージの聖典ともいうべき作品はありましたが今作も同様に語られるべき素晴らしい内容。 トワイライトガレージの聖典 ” Shutdown 66 ” 卒業アルバム風ジャケット The Rising Stormの再発も手掛けたArf! Arf!からリリースのコンピ「NO NO NO」にも収録の未練たらたらの失恋ガレージThe Invaders”I Was a Fool”、インディアナのガールズ・グル―プThe ShadesによるShangri-Lasライクな”Tell Me Not To Hurt”、13th Floor Elevatersで知られるTexasの名門レーベルInternational ArtistsからシングルもリリースしているThe Chaynsによるフォーキー・ガレージ”See it Though”、夏の終わり系メロディのソフト・サイケデリアThe Frost”Behind the Closed Doors of Her Mind” 、そして最後に収録されているThe Shy-Guysの”Goodbye to You”は数年前にYou Tubeで発見して以来、個人的Wantだった1枚で最高のバンド名とSummer Sounds級の完璧なルックス、謎のリヴァーヴがかかったスネアとじめっとしたオルガンがトワイライト好きのハートを射止めるナイスな1曲。 THE SHY GUYSTHE SHADES すでにストリーミングでの配信が始まりましたがNumeroのアナログ盤は毎回装丁が凝りまくり。今作もレーベルインフォでは卒業アルバムを模した革製の造りになっているみたいですしおそらく詳細なブックレットもつくはず。当時メンバー写真や貴重なバイオグラフィを読みながらあらゆる妄想を膨らませて聴くことをおすすめします。 $1,000,000 War Babies – Hey Little BoyThe Invaders – I Was a Fool“D” and the Sugar Cane Factory -Fade Sun, FadeThe Shades – Tell Me Not to HurtThe Werps – Voodoo DollFemale Species – Tale of My Lost LoveChayns – See It ThroughYellow Hair – SomewhereThe Islanders – King of the SurfThe Fastells – So MuchThe Frost – Behind the Closed Doors of Her MindBob Kirk – Summer WindsThe Weejuns Ready C’Mon NowThe Shy Guys – Goodbye to You... Omae – Wagamama / Ryu TsuruokaOmae – Wagamama / Ryu Tsuruoka 2020.02 横浜生まれのメロウな手口のシンセ歌手(トークボクサー)、ムードにこだわる音楽家。PPUからのリリースとなったシングルは危険な甘さのトークボックス・バラード、ダブルサイダー。 一億総メロウ化が進んだこの国には珍しい場末のクラブが似合う本気のメロウで悪そうな奴から音楽ナードまで老若男女がきっと恋に落ちる。アーバンとかメロウとかそういう言葉はここまで艶っぽい音楽にだけ使われるべきと夢想する、遊びたりない夜のサウンドトラックに最適な2曲。... Military Genius / Deep WebMilitary Genius / Deep Web 2020.03 カナダのカルト・ポストパンク・バンドCrack Cloudのメンバー、Bryce CloghesyによるソロプロジェクトMilitary Genius。80年代ニューヨーク・アンダーグラウンドへの憧憬をKing Klure以降のジャズ&アンビエント感覚でコラージュしたサイケデリックな魅力に溢れた1枚。 Arthur Russell『World of Echo』やLalaajiを想起させるヴィブラフォン入りの甘美なアンビエント・トラック「Reflex」、インダストリアルなビートと深いリヴァーブのサックスによるリンチ的世界「The Runner」、先行曲としてリリースされた「L.M.G.D」はLounge RizardsやGrayあたりを連想させるコールドファンクでかなり格好いい。本作のハイライトとなる「When I Close My Eyes」はPeter Zummoが参加したSuicideの未発表曲といわれても疑わない漆黒のダーク・ロカビリーで裸のラリーズを引用したDirty Beachesの傑作『Badlands』に匹敵する闇の深さと空虚さがある。 ある時期『ツイン・ピークス』の観すぎで自分が暮らしている町の出来事すべてに何か不穏な匂いを感じていた、このレコードから流れるサイケデリックな陶酔感もそれに似たとても危険な香りがする。いずれにせよ平日の昼間、散歩道のBGMには全く不向きな音楽だ。... Flanafi / FlanafiFlanafi / Flanafi 2020.01 J Dilla以降のビートに対する、ロックからのミュータントな回答。アメリカのAvant PopデュオPulgasのギタリスト、Simon Maltinesによるソロプロジェクトの第1作目。ほぼ全ての楽曲が彼の演奏によるもので、スライ譲りの密室ファンクにエクスペリメンタルなギターが絡む、アフターJ Dilla的異端プログレッシヴ・ソウル。 例えるならD’Angeloのステージに、酔っぱらったフランクザッパが乱入して散々だったけどあの感じが忘れられないDirty Projectors好きのインディキッズ。エクスぺリメンタルな要素も勿論魅力だが、絶妙なポップネスといい塩梅のヴィンテージ感覚が同居するサウンドはなかなか中毒性が高い。漫画太郎風のアートワークはきっと賛否が分かれるところ。 J Dilla “Last Donut of the Night” の カバー ( guiter: Simon Maltines )...